部活動

鉄道研究部

土曜日の放課後や休日を利用して、鉄道のイベント、鉄道会社の車両基地、車両工場、検車区などを取材しています。イベントで見学したこと、鉄道会社で取材したことを詳しくまとめ、学園祭で展示発表しています。
鉄道研究部公式HP http://www7b.biglobe.ne.jp/~suzuki3309/

部活動・委員会一覧
2017-08-04

JR三江線に乗って山陰へ 一畑電車に乗って出雲大社へ 2017年8月3日(木)

旅館松見楼…三次駅―(三江線)―江津駅―(山陰本線)―出雲市駅―(一畑電鉄)―出雲大社前・見学―(一畑電鉄)―松江しんじ湖温泉―(松江市営バス)―松江駅―(伯備線 特急やくも)―岡山駅―(山陽本線)―姫路駅―(山陽本線・東海道本線 新快速)―米原駅―(東海道本線)―大垣駅―(東海道本線 夜行ムーンライトながら)―豊橋駅

昨日の夜、「明日は、三江線に乗ります。」と旅館の方にお話をしたら、「5時38分発ですね。今のうちに会計を済ませましょう。」と言われました。三次駅5時38分発三江線浜田行き列車を利用する人は、結構多いようです。私たちも、2018年に三江線が廃線となる事を聞きここまで来ました。朝、5時過ぎに旅館から三次駅へ向かうと、写真機やビデオを持った鉄道ファンの方々がどんどん集まってきました。
三次駅を出発して約1時間、島根県に入った所にある口羽駅に28分停車しました。口羽駅は、島式1面2線のホーム、交換設備を有する地上駅です。1963年6月30日、三江南線が式敷駅から延伸した際の終着駅として開業しました。1975年8月31日、口羽駅から三江北線浜原駅までの区間が開業し、江津駅―浜原駅―口羽駅―三次駅間を結ぶが現行の「三江線」となました。口羽駅の近くに、三江線全通記念の石碑と蒸気機関車の動輪が置かれていました。出発までの約30分間、気動車に一緒に乗ってきた皆さんは、交換して三次駅へ出発する気動車や口羽駅の様子を撮影しました。
次に、宇津井駅で撮影しました。宇津井駅は、三次方面に向かって左側に単式1面1線のホームがある高架駅です。ホームと待合室が地上20mの高さにあり、高さとしては日本一です。「天空の駅」と呼ばれることもあります。ホームに上がるには、116段の階段を登ります。宇津井駅で、皆で写真を撮りました。
三江線は、江の川に沿う絶景の中をゆっくり走るので、三次駅から江津駅までの約108kmの道のりに約4時間かかるのですが、景色を眺めていると飽きませんでした。千金駅を越えると、江の川の川幅が急に広がり、視界が開け、江津駅に到着しました。
江津駅から山陰本線普通電車に乗って、出雲市駅を目指しました。左川の車窓に青い日本海が綺麗に見渡せました。部員たちは、今日のこの時間帯は山陰本線出雲市付近のどこかに「瑞風」が来ているとの情報を得、車窓から「瑞風」を探しました。TWILIGHT EXPRESS 瑞風は、JR西日本が2017年6月17日から運行開始した周遊型臨時寝台列車(クルーズトレイン)です。部員たちは、西出雲駅手前で、車窓右手に見える後藤総合車両所出雲支所に「瑞風」が止まっているのを発見しました。工場棟からわずかに見える「瑞風」の前後の部分だけ撮れました。
出雲市駅から一畑電車に乗り、出雲大社前駅へ行きました。出雲大社前駅は、1930年に開業した出雲大社の最寄駅です。頭端式ホーム1面2線がある地上駅です。駅舎は西洋建築で、ステンドグラス風の窓がはめこまれています。1996年に国の登録有形文化財建造物として登録されました。また2009年には経済産業省より「近代化産業遺産群 続33(大衆観光旅行)」の一つとして近代化産業遺産に認定されています。かつては駅舎の中央上部に塔がありました。
私たちは、出雲大社駅に保存されているデハ二50を撮影しました。デハニ50は、1928年にクハ4として製造されましたが、翌年には電装化を行いデハニ52に変更されました。2009年のさよなら運転以降、営業用として本線を走ることは無くなりましたが、現在でも車籍が残されています。この電車は、映画「RAILWAYS」のロケに使用されました。客室と荷物室、運転室の仕切りも残されています。運転台も見学出来ます。
出雲大社駅を見学した後、一畑電車に乗り、松江しんじ湖温泉駅へ向かいました。途中、川跡駅の乗り換えで、京王5000系のリバイバル塗色車を撮影し、雲州平田駅で車庫、一畑口駅ではスイッチバック方式の駅を撮影しました。湖遊館新駅から終点の松江しんじ湖温泉駅までの間、車窓の左手に宍道湖の雄大な景色が続きました。
松江しんじ湖温泉駅から松江市営の循環バスに乗り、松江城などを眺めながら、松江駅へ行きました。松江駅から伯備線特急やくもに乗って岡山駅へ向かいました。米子駅でJR境線を行き来する「鬼太郎列車」を見てから、米子駅を出発すると、車窓の前方にとても大きく大山が見えてきました。伯備線は、日野川や高梁川に沿って中国山地を縦断する路線ですが、三江線とは違い鉄橋やトンネルが多く、「特急やくも」が振り子式電車で、三江線に比べかなり速度の速い運転でした。渓谷を走り抜け、あっと言う間に倉敷に出ました。
岡山駅で四国と本州を行き来するマリンライナーとかを眺めながら一休みしました。普通電車で姫路駅向かいました。明石で日が沈むと、車窓の右手に、ライトアップされた明石海峡大橋が綺麗に見えました。姫路駅で新快速米原行き位乗り換えると、新快速はさすがに早い。三ノ宮、尼崎、大阪、高槻、京都と米原へ向かってビュンビュン飛ばしていきました。部員たちは、大阪の夜景を眺めながら、岡山駅で勝った駅弁を食べました。
大垣駅の駅前にあるコンビニでジュースや軽食を買って「ムーンライトながら」に乗りました。全列車が定時に動いてくれたおかげで、予定通り夜行列車に乗れました。部員たちは、岐阜から東海道本線と並走する名古屋鉄道を車窓から眺めていましたが、豊橋に着く頃には、疲れたのかバタバタと眠りにつきました。

高2B組 タクヤ 三江線
江の川に沿って走行し、全線の中で江の川を7回渡る。そのうち、日本鉄道建設公団が高規格で直線的に建設した浜原〜 口羽間には3回ある。江の川は宇都井駅付近から作木口駅南方にかけて遡る区間で南西側の島根県 邑南町と北東側の広島県三次市の県境になっていて駅の前後で左岸に渡る橋がある伊賀和志駅は島根県に挟まれた広島県内の駅となっている。
宇都井駅は山に挟まれた山間部分にトンネルとトンネルを繋ぐ形で架けられた高架上、地上20mにホームがあるという特異な構造であり「ホームが日本一高い場所にある駅」として紹介されることがある
三江線では、並走する江の川の堤防を横切って走っているところが数か所ある。江の川が増水した時そこから住宅街などに増水した河川の水が流れ込み、浸水する恐れがある。そのため国土交通省浜田河川国道事務所が管理する陸閘とよばれる水門が5か所設置されている。陸閘とは、線路を巨大な水門で締め切ることで浸水を防ぐ設備である。水防待機の際には三江線の線路閉鎖を行い、国土交通省職員もしくは浜田鉄道部の職員が陸閘の操作を行う。陸閘は車窓から見ることができる。
使われている車両は基本的に浜田鉄道部のキハ120形気動車による1両編成の運転であるが、2016年7月20日修正ダイヤでは、江津駅始発列車と当該の三次駅折り返し列車が2両編成での運転となっている。
キハ120形は1996年6月1日から運用を開始した。

高2A組 ハヤト 山陰本線
山陰本線は、京都駅より城崎温泉、鳥取、米子、松江、出雲市、萩を通って山口県下関市、山陽本線の幡生駅まで至る路線である。支線には長門市から仙崎まで走る、通称仙崎支線が存在する。
2002年に東北本線の盛岡〜八戸間が東北新幹線八戸延伸に伴い第三セクター化されたことにより、東北本線の営業距離が山陰本線の営業距離を下回り、現在在来線としては日本最長となっている。
京都〜城崎温泉と伯備線直通列車が乗り入れる伯耆大山〜出雲市以外は電化されておらず、複線区間も一部のみであり、多くの区間が単線非電化である。
並行する新幹線がないため様々な特急列車が運行している反面、全線を走破する優等列車が設定されたことは今までに一度もない。これは、山陰の東西の移動よりも、山陰各都市から山陽新幹線の駅への連絡を重視したことによる。現在走る特急列車は、関西地区と北近畿を結ぶ電車による特急列車が京都〜綾部間で特急「まいづる」(綾部から舞鶴線東舞鶴駅まで乗り入れ)、京都〜福知山間で「はしだて」(福知山から北近畿タンゴ鉄道天橋立駅まで乗り入れ)、京都〜城崎温泉間で「きのさき」、福知山〜城崎温泉間で「こうのとり」(新大阪始発福知山線経由)が運転されており、その他気動車特急が和田山〜鳥取間で「はまかぜ」(大阪始発神戸線、播但線経由)、鳥取〜益田間で「スーパーまつかぜ」「スーパーおき」(スーパーおきは益田から山口線経由で新山口駅へ乗り入れ)がそれぞれ運転されている。また、陰陽連絡特急として岡山より伯備線を経て伯耆大山〜出雲市間で山陰本線を走る「やくも」、京都より東海道本線、山陽本線、智頭急行線を経て智頭〜倉吉間で山陰本線を走る「スーパーはくと」がそれぞれ岡山と姫路で新幹線に接続している。また、伯備線を経て出雲市まで向かう列車は「やくも」以外に東京から乗り入れる寝台特急「サンライズ出雲」がある。「いそかぜ」寝台特急「出雲」など、利用客低迷による廃止、車両置き換えや編入による名称変更された優等列車も数多く存在する。
「全線を直通する優等列車が一度も存在しない」と前述したものの、国鉄時代はかなり長距離を走る普通列車が運転されており、日本各地で長距離普通列車が削減されていた昭和50年代、1982年に日本一の距離を走る普通列車が九州の門司を朝の5時半に発ち下関より山陰本線に入り18時間半をかけて福知山に至る「824列車」となった。現在そのような長距離・長時間走る普通列車はなく、園部、福知山、城崎温泉or豊岡、浜坂、鳥取、米子、出雲市、益田、長門市等で運行が分断されている。
関西〜九州を結ぶルートは山陽本線、山陽新幹線であるが、列車から見える綺麗な日本海を始め、鳥取砂丘や出雲大社など、見所はたくさん。一度訪れてみるのも良いのではないでしょうか。

高2B組 タクヤ 一畑電車
7000系
一畑電車として86年ぶりとなる新造車両で JR四国の7000系をベースに、電気機器はJR西日本225系を流用することでコスト削減が図られています。
保有車両としては最大長の車体はステンレス鋼体を採用し、一般公募により、白を基調とした車体に「出雲の風景」をデザインテーマとしたフルラッピングが施されました。
座席配置は2人掛けボックス席とロングシートをセミクロス配置とすることで、地元客・観光客どちらでも対応でき、扉への点字シール、中間部への車椅子スペースの設置、さらに英語表記対応などを取り入れ利便性を高めています。
その他VVVFインバーター制御、回生ブレーキ、LED照明などの採用になり、使用電力の削減を図ることでコスト・環境負荷の軽減を図っています。
1000系
元東急電鉄 1000系です。1988年〜2013年まで、東急電鉄・東横線と東京メトロ・日比谷線の直通運転で活躍していましたが、東京メトロの副都心線開通に伴い、日比谷線の直通運転が終了したため、車両が余剰となりました。
一畑電車には中間車を改造して運転席を作り、ワンマン化して2014年に入線しました。また、「ステンレス車体」「ワンハンドルマスコン」「シングルアームパンタグラフ」「インバーター制御」など、今までの電車にはなかった初めての性能をたくさん持った電車です。
運行開始にあたって、デハ二50形と同じ、オレンジに白帯のカラーにラッピングをしています。 また、同じ種類の電車は、東急電鉄の池上線・多摩川線、長野県の上田電鉄・三重県の伊賀鉄道でも活躍しています。
5000系
1998(平成10)年に入線した、元京王電鉄5000系の車両で座席の一部は転換式クロスシートになっています。
5009号・5109号車は2014年に、車内を島根県産材を多用した木質化改造を行ない、木の温もりを感じられる車内になっています。 京王電鉄と一畑電車では線路の幅が異なるため、台車を営団地下鉄(現・東京メトロ)のものに付け替えて使用しています。
2100系
京王電鉄に所属した元京王5000系の車両で1963年〜1969年にかけて製造され、通勤電車としては日本で初めて冷房を導入した車両です。「関東の名車」と言われ性能やデザインの良さからデビューの翌年には鉄道友の会から「ローレル賞」を受賞しています。
一畑電車へは1994年に入線、ワンマン対応の改造を受け走り始めました。京王電鉄と一畑電車では線路の幅が異なるため台車を営団地下鉄(現・東京メトロ)のものに付け替えて使用しています。一畑電車にとっても初の冷房車導入となりました。
富士急行、伊予鉄道、高松琴平電鉄でも出自を同じくする兄弟車が活躍しています。
一畑電気鉄道創業100周年を記念して、2101・2111号車を旧京王電鉄のカラーに、2102・2112号車を旧一畑電鉄カラーに再塗装を行ないました。
2103・2113号車は、2013年に白を基調としドアをオレンジ色のデザインにし、内装も2103号車をイベント対応車として、宍道湖をはじめとする風光明媚な沿線風景を車窓から楽しめるよう座席配置を従来の通勤型ロングシートから、宍道湖側に向けて固定できる二人掛けソファー型シートに変更しました。内装には本木材や木目調デコラを多用し暖かみのある仕様とし、ビール電車、ブライダルトレイン等の各種イベントや、定期列車としての運用にも対応できることを基本とした設計となっています。
2104・2114号車は2013年に島根県がスポンサーとなり「ご縁電車・しまねっこ号」としてラッピングを行ないました。車両外観、内装ともにピンクを基調にし、島根県観光キャラクター「しまねっこ」をはじめ、「しまね」にちなんだ8つのモチーフしめ縄・銅剣・銅鐸・水引・雲・勾玉・ウサギ・ハートが描かれています。

高2C組 ヨッシー 特急やくも
特急やくもは1972年の山陽新幹線岡山開業にともない山陰地方へのアクセス特急として運用を開始した。
1982年より電車化され現在の381系電車による運用に変更された。
1994年より速達列車はスーパーやくもとして区別されていたが、2006年の改正によりやくもに統一された。
数少ない国鉄型特急車、さらに振り子式特急のやくもを是非体感してみては?

「ムーライトながら」で帰京 2017年8月4日(金)

豊橋駅―(東海道本線 夜行ムーンライトながら)―東京駅―(中央線)―新宿駅・解散

ふと目が覚めると、車内に乗り換え案内の放送が流れ、周りのお客さんたちが慌ただしく荷物を整理していました。もう横浜駅でした。私たちも忘れ物が無い様に身の回りを確認していたら、あれよあれよと言う前に、品川駅に到着。あっと言う間に終点東京駅に到着しました。部員たちは、晴天に恵まれ良い合宿が出来たことにほっとしましたが、合宿のレポート作りと学園祭の準備の打ち合わせと、これから9月まで暫くの間忙しい事を確認し、新宿駅で解散しました。

高2A組 ハヤト 夏期合宿の感想
今回の合宿参加人数は5人と少人数でしたが、とても楽しい合宿で、また、相鉄の甲種輸送や瑞風を見られるなど、運にも恵まれた合宿だと思います。
初日、ムーンライトながらを降り立ち、相鉄の甲種輸送を撮影した後は東海道、山陽本線を西へ西へと進み、宮島、厳島神社を見学。2日目は広島電鉄の工場見学と全線制覇、貸切運転、原爆ドームの見学もしました。3日目は今年度に廃止される三江線に乗った後、日本海の眺めが美しい山陰本線、伯耆大山を眺める伯備線を経て帰京しました。関東が曇天の中、西日本は晴天にも恵まれ、いつも以上に密度の濃い合宿になったと思います。次の冬合宿も皆で楽しめるものにする所存です。最後に、工場見学をさせていただいた広島電鉄さん、ありがとうございました。

2017-08-04

路面電車の動く博物館 広島電鉄 2017年8月2日(水)

ホテル…胡町―(広島電鉄)―紙屋町西・広島電鉄・撮影―(広島電鉄)―広島駅―(広電貸し切り電車)―広電本社前・千田車庫・取材―(広電貸し切り電車)―広島駅―(広島電鉄)―広島港・昼食―(広島電鉄)―広電本社前―(広島電鉄)―横川駅―(広島電鉄)―江波―(広島電鉄)―原爆ドーム前…原爆ドーム…原爆ドーム前―(広島電鉄)―八町堀―(広島電鉄)―白鳥―(広島電鉄)―八丁堀―(広島電鉄)―広島駅―(芸備線)―三次駅…旅館・夕食・宿泊

本日、鉄道研究部は、広島電鉄本社にある千田車庫を取材しました。朝のラッシュ時ならば、650形も運行していると聞き、紙屋町西へ行き朝のラッシュ時を行き来きする電車を撮影しました。1942年に広島電鉄に新製配置された650形電車、宮島線と市内線の直通対応車両として1958年に導入された350形、1978年に京都市電(京都市交通局)より広島電鉄に移籍した1900形、1985年から1986年にかけて3連接車に改造された3100形などの古い車両から、1999年から2002年に製造された5000形グリーンムーバーや2005年から2008年に製造されたグリーンムーバーマックスなど新しい電車まで、様々な電車が往来していました。
紙屋町西で朝ラッシュの賑わいを撮影した後、広島駅へ行き、荷物をロッカーに押し込んだ後、広島駅から広電本社前まで貸し切り電車に乗りました。貸し切り電車は、1904号車でした。1904号車は、1957年に製造された旧京都市電900形です。京都市電が全線廃止となる頃、1977年10月の河原町・七条線廃止時に先行して広島電鉄に移籍した電車です。部員たちは、1904号車に乗れて凄く喜びました。
広島電鉄本社にある千田車庫を取材しました。広島電鉄には、千田車庫・江波車庫・荒手車庫の3つの車庫があります。千田車庫は、1912年(大正元年)11月23日の開業時に設置された車庫です。所属車両の日常検査や、江波車庫と荒手車庫に所属する車両の全般検査なども行っています。
私たちは最初に、交番検査や日常検査を行うピットを見学しました。ピットは合計4線あり、屋根上機器や床下機器を検査できる様になっています。電車の屋根上にはクーラーの室外機や補助電源装置が設置されています。広電の全車両にクーラーが設置されています。日冷房車にクーラーを設置する時には、車体の補強工事もしたそうです。夏の暑い日に全車両でクーラーをつけて走行すると、一日の電気消費量もだいぶ違うそうです。補助電源装置は、下線から受け取った600Vの直流電源を200Vの交流電気に変換し、電車の空調や室内の電源に使用します。
次に、重要部検査や全般検査が終了した電車を見学しあした。この検査の時に、車体の凹みなどをパテで直して、塗装をし直すそうです。神戸市電、西鉄、京都市電など、広電移籍前の塗装が施されているのは、鉄道ファンにとっては有り難い事です。移籍した当時、塗色を変更する費用を節約して移籍前の塗装のまま使用していたのが、今日に至ったとのことです。
次に、350形訓練車を見学しました。起動線運転手の免許を取得するための訓練車です。5100形低床車を見学しました。2002年に営業を開始した5000形は、ドイツ製100%低床の5車体連接車でした。低床化を実現するために車軸の無い車輪が採用されました。5100形は、近畿車輌・三菱重工業・東洋電機の3社によって開発された5車体連接車です。一部部品で国産化出来なかったものがありますが、初の国産100%低床車といわれています。座席数の少なさや通路の狭さなど、5000形での課題を解決し、日本の風土に合う様な冷房装置の改良が行われました。
次に、1960年に製造された旧神戸市電の582号車を撮影しました。旧神戸市電の塗色とあって部員たちが喜びました。
次に工場棟の台車作業所で、車輪から車軸を引き離す装置や整備されている3000形の台車枠を見学しました。車輪の直径は660mm、低床車であれば600mmです。車輪にタイヤを焼き嵌めする方式です。タイヤに傷がつくと、旋盤機械でタイヤを完璧な円形に削ります。8年程度たつと、タイヤが薄くなり、交換をします。宮島線を走る車両は、走行距離が長いが直線が多い、市内線を走る車両は走行距離が短いが曲線が多いので、タイヤの摩耗はどちらも同じくらいです。車輪1枚が100kgもの重さがあるので、台車作業所にも大きなオーバーヘッドクレーンが設置されていました。
モーターの検査も見学しました。かつては直流モーター車が多かったのですが、新型車両は全て交流モーター車です。交流モーターは、メンテナンスの負担が少なく、速度の微妙な制御が可能で、よりスムーズな走行を実現できるそうです。
最後に、653号車の車内を見学しました。653号車は、原爆投下70周年を迎えた時、運用離脱後江波車庫にて保管されていた被爆電車を昭和20年当時の塗装に復元し、車内で被爆者による当時の証言やその後の復興の歩みを紹介する地元テレビ局とのタイアップ企画が実施された車両です。2015年6月13日から、広島電鉄653号車を使用した特別運行が広島駅―広電西広島間にて土日に2往復運転されています。
千田車庫を取材した後、私たちは、再び貸し切り電車に乗り、広島駅へ戻りました。広島駅から広電5号線に乗り比治山下を経由して広島港へ行きました。広島港に3連接車の3000形が回送止まっていました。3000形を撮影して、広島港を眺めながら昼食を食べました。
昼食の後3号線に乗り、再び広電本社へ行き、広電グッズを買いました。その後、7号線に乗り横川駅へ行き、次に8号線に乗り江波へ行きました。江波車庫に止められている電車を車庫の外から撮影してから、6号線に乗って、原爆ドーム前に行きました。原爆ドームと広島爆心地の前で、被爆した方々の冥福を祈りました。
相生橋で原爆ドームの前を往来する電車を撮影してから、八丁堀へ行きました。9号線八丁堀―白鳥間を行き来する旧京都市電1914号車や旧大阪市電914号車に乗りました。その後、八丁堀から広島駅へ戻りました。広島駅でお土産を買い、JR芸備線快速みよしライナーに乗り、三次へ向かいました。
みよしライナーの左手車窓には、太田川を挟んで対岸の街並みが良く見えました。芸備線からみて太田川に対岸には電化された可部線やアストラムラインが走っています。住宅地が広がり、大きなビルが沢山立ち並び、可部線沿線の都市化がうかがえました。
今日の取材では、広島電鉄の方々に親切に案内をしていただき、路面電車について詳しく学ぶことが出来ました。有難うございます。三次の旅館に荷物を置き、明日の打ち合わせをし、直ぐに寝ました。明日はJR三江線に乗って、山陰本線へ向かう日です。三次駅5時38分発なので、明日の遅刻は危険。

高2B組 タクヤ 広島電鉄
広島市の中心部を東西に貫く路線で、紙屋町 八丁堀といった都心とJR駅(広島駅 西広島駅)とを結ぶ役割を持ち、世界遺産である原爆ドームの前も経由している。荒神橋(猿猴川)、稲荷大橋(京橋川)、相生橋(旧太田川)、広電天満橋(天満川)、新已斐橋(太田川放水路)と5つの橋を渡る。このうち広電天満橋は軌道専用橋で、本線唯一の専用軌道区間でもある。
大半の区間は相生通り、寺町通り、平和大通りなど幅員の広い幹線道路の併用軌道として敷設されているが、土橋町交差点から天満町交差点間は幅員15m前後(通常の道路では片側1車線+両歩道程度)の道路に複線の軌道が敷設されているため、この間の電停(小網町、天満町、観音町)はホームの幅員が狭い、あるいは安全地帯がない電停となっており、停車前の車内放送でその旨の注意アナウンスがある。また、同様の理由で猿猴町電停もホームの幅員が狭い。

高1D組 リョー 千田車庫
千田車庫は広島電鉄の車庫で、場所は広島電鉄の広電前(広電本社前停留所)のすぐ近くです。広電で1番古い車庫で、所属車両の日常検査に加え、江波車庫と荒手車庫に所属する車両の全般検査なども行っています。日常検査は3〜4年、全般検査は6〜8年に1回行うそうです。

高2C組 ヨッシー 広電650形
広島電鉄650形は1942年に651〜655の5両が製造された。呉市電の600形と同型であり、広電750形(大阪市電1651形)の短尺仕様である。
1945年、広島への原子爆弾の投下により651は中電前電停付近、652は宇品付近、653、654は江波付近、655は広島駅前にて全車被爆した。
このうち651〜654は翌年3月にはほぼ原型通りに復旧された。しかし、655のみ被害が大きかったため、初代700形に近いボディーで1948年に営業に復帰している。
655号車が1967年に事故廃車になった以外は1975年のワンマン化を経て2006年までは全車在籍していた。
しかし653、654が2006年に運用離脱し、653は貸し切り運用に、654は広島市交通科学館にて保存されている。
また残る651、652は平日のラッシュアワーをメインに走行している。
広電650形は他車にない歴史のある車両なので広島にいった際には是非とも乗車してみてはいかがでしょうか?
取材時点では鉄道コレクションも発売中なので旅の思い出に是非ともお買い求めを!発売場所は広電の窓口になります。

高2C組 ヨッシー 広島バスセンター
広島バスセンターは広島市などが出資した第三セクターの株式会社広島バスセンターが運営しており、紙屋町のそごう広島店3階に同居している。
広島の郊外路線バス、高速バスの始発着点となっている。
バスの幕表記では 広島センター、バスセンター、センターという表記が見られる。
また、建物の名称は広島センターとなっている。
当時、各社散逸していた紙屋町付近のバス停留所を一ヶ所に整理、統合する目的で1957年に日本初の一般バスターミナルとして開業した。
1974年に現在のそごうの3階に移転し、それにともないバス処理能力は従来の1日3000台から6000台に増加した。
現在、1日約1600本のバスが発着し、利用客は約40000人にものぼる大ターミナルである。
そんな広島バスセンターは今年、2017年の7月29日に開業60周年を迎える。歴史あるバスセンター、一見の価値あり。
バスコレクション広島バスセンター60周年記念セットが好評発売中、広島バスセンターにて購入で特典がついてきます!是非是非!

高2D組 ノリリン JR芸備線
私たちは今回の合宿で芸備線に乗りました。
芸備線は備中神代駅から三次駅を経て広島駅を結びます。
芸備線は、全線非電化なので、気動車が走っています。車両はキハ120とキハ47とキハ40が走っています。
芸備線は、急行みよしという列車が2007年までありましたが、ダイヤ改正後には、快速みよしライナーとして運行されています。
芸備線はローカル線の一つでとても落ち着くところを走っているのでとてもいい路線です。

2017-08-02

ムーンライトながらに乗って東海道本線を西へ 2017年7月31日(月)

東京駅―(東海道本線夜行ムーンライトながら)―小田原駅

本日より鉄道研究部は、夏期合宿に出発しました。まず小田原駅までの乗車券を買い、東京駅に集合し、夜行の快速電車「ムーンライトながら」に乗りました。「ムーンライトながら」は、定時の23時10分に発車し、部員たちを乗せ、東海道本線を西へ西へと突っ走りました。

広島宮島厳島神社を散策 2017年8月1日(火)

小田原駅―(東海道本線夜行ムーンライトながら)―大垣駅―(東海道本線)―米原駅―(東海道本線新快速)―近江八幡駅―(東海道・山陽本線新快速)―姫路駅―(山陽本線)―相生駅―(山陽本線)―岡山駅―(山陽本線)―福山駅―(山陽本線)―糸崎駅―(山陽本線)―宮島口駅―(宮島フェリー)―宮島・厳島神社・散策―(宮島フェリー)―広電宮島口駅―(広島電鉄)―胡町…ホテル・夕食・宿泊

本日の「ムーンライトながら」は満席ということでしたが、東京駅・品川駅を発車した時はまだすいていました。品川駅を出たところで、乗車券の確認が行われました。小田原駅から先は、青春18きっぷを利用して広島まで行く予定です。
座席がゆったりしていたので、横浜駅に着く前に熟睡していました。目を覚ましたら、右手に赤い展望車が走っていました。もう明け方の名古屋でした。右手に清州城や金華山を眺めているうちに大垣に到着しました。大垣駅での「ムーンライトながら」から米原行き普通電車への3分の乗り換えがよく話題になりますが、米原行き普通電車が長い編成でしたので、十分全員がゆったり座れました。
米原駅から新快速に乗って姫路駅へ直行する計画でしたが、一旦、近江八幡駅で降りました。今日は、相模鉄道の新車20000系を下関から回送する日でしたので、近江八幡駅で相模鉄道20000系の回送を撮影しました。なんか、結構多くの鉄道ファンが相模鉄道の新車を撮影していました。
相模鉄道を撮影した後、近江八幡駅から新快速に乗り姫路駅へ行きました。神戸、須磨を越えると、左手に瀬戸内海と島々が綺麗に見えてきました。明石海峡大橋は、かなり巨大な物でした。姫路駅から山陽本線の普通電車を乗り継ぎ、予定通り宮島口駅に着きました。いつも思うのだが、大抵全ての列車が時刻表通りに運行されます。何回も乗り継いでかなり遠くまで行くのに、遅れることが滅多にないのは、凄いことだなと思います。
宮島フェリーに乗り、宮島、厳島神社を散策しました。部員たちは、厳島神社に居る鹿に興味を持ちました。厳島神社で参拝をし、おみくじを引きました。鳥居や五重塔を撮影しました。宮島の街並みを見学して歩いた後、宮島フェリーに乗って、瀬戸内海の景色を眺めました。
広電宮島線・広島駅直通電車に乗り、胡町まで行きました。ホテルに荷物を置き、繁華街で夕食に広島風お好み焼きを食べました。その後、広島駅へ繰り出し、新幹線のレールスターなどを撮影しました。今日は夜行電車で大垣駅へ着き、そこから東海道本線・山陽本線の普通電車・快速電車を乗り継いで来たので、部員たちもだいぶ疲れた様です。ホテルに戻ったら、すぐにぐっすりと寝ました。
今日は、小田原から広島まで、東海道本線・山陽本線を乗り継ぎましたが、部員たちは電車に乗るのは苦でない様です。宮島、厳島神社の散策を楽しみました。

高2D組 ノリリン ムーライトながら
今回の合宿では東京から大垣までムーンライトながらで移動しました。
ムーンライトながらは185系という特急車両を使った臨時の快速列車です。このムーンライトながらは旅行者が多く使うので臨時で走る時はほとんど満席になるとても人気の列車です。
ムーンライトながらは昔定期列車として走っていましたが、2009年3月14日以降は臨時列車として活躍しています。
ムーンライトながらは、東京から大垣間の410kmをおよそ6時間で結び、夜遅くに出て朝早くにつくとても便利な列車です。
ムーンライトながらはいろいろな車両が使われていました。JR東日本所属の183系や189系を昔は使っていました。

高1D組 リョー 相模鉄道20000形
今回の合宿中に相鉄グループの新車20000形を見ることが出来ました。
この20000形は今年(2017年)に営業運転開始の新車です。主な特徴は、ベビーカーや車いす用のフリースペースを全車両に設置、個別ドアスイッチを全てのドアに導入。他には日差しを遮るブラインドが復活したり、相鉄線の特徴である車内の鏡が復活したりしています。

高2A組 ハヤト 山陽本線
山陽本線は、兵庫県の神戸から岡山、広島を経て瀬戸内海沿いを走り、関門トンネルを渡って九州は福岡県北九州市の門司に至るJR西日本の路線である。支線には神戸駅の隣、兵庫駅から一駅だけ和田岬まで延びる通称「和田岬線」があるが、こちらは今回は省略する。
山陽本線は、1888年に兵庫〜明石間が開通し、以降徐々に西へ西へと延ばし、1901年には現在の下関まで延び、1906年に国有化、官営鉄道となり、1942年には世界初の海底トンネルとして関門トンネルが開通し、門司まで繋がった。
戦後の高度経済成長期には東海道線と共に多くの特急、急行、準急列車が走るようになり、1964年の東海道新幹線開通、また山陽本線全線電化後も新幹線に接続し関西〜九州間の特急や、関東〜中国、九州間の夜行列車が頻繁に往来するようになったが、新幹線の延伸と高速化、高速バスや飛行機の進展に伴い徐々にその姿は消し、現在全線を直通する定期旅客列車はない。
現在の運用は東海道線と一体化しアーバンネットワークを形成している関西圏の米原方面からの列車が到達する姫路と、その他岡山、糸崎or三原、岩国等で運用が分割している。
しかしながら、中には地域間を直通して運転される列車もわずかながら存在し、今年3月のダイヤ改正までは下り1本のみながら岡山から下関まで実に384.7kmもの距離を走る列車も存在していた(現在は糸崎始発下関行きとなっている)。
本数は、通称神戸線区間である姫路以東は新快速が日中毎時4本、快速が加古川発着と姫路発着でそれぞれ毎時2本、須磨発着と西明石発着の各駅停車がそれぞれ毎時4本、また相生〜岡山と岩国、徳山〜下関が日中は毎時1本程度となっているが、それ以外は日中でも毎時3本程度は走っており、利便性は高い。
車両は、神戸線各駅停車が321系と207系、快速と新快速が221系、223系、225系が走る他は基本的に全区間で115系などの国鉄型車両が多数を占めていたが、広島地区にJR化後初となるJR車両である227系が2014年に導入され、広島地区の中心となりつつある。115系、227系が中心の現在の山陽本線だが、105系や113系、また岡山地区では117系など、様々な車両を見ることができる。なお、下関〜門司間は、JR九州の管轄であり、また門司駅構内には交直切り替えをするデッドセクションが存在するため、415系が運転を担っている。
貨物列車は当然新幹線を走ることが出来ないため、多くの列車が東海道線と共に日本の大動脈を担っており、特に深夜帯は見ものである。
沿線には車窓にも広がる瀬戸内海、またそれを跨ぐ本州四国連絡橋、所々に広がる山々や田畑など、見所は沢山。また、安芸の宮島や岡山や福山などの城、尾道や下関など、観光地も多く点在している。速くて便利な新幹線もいいが、たまには在来線でのんびり行くのも良いのではないのだろうか。

高2D組 ノリリン 宮島 厳島神社
今回の合宿で宮島の厳島神社に行きました。
厳島神社は平家からの信仰で皆さんが知っている、推古天皇が最初は建てました。それから平清盛が今の厳島神社を建てました。
厳島神社と言って思い出すのは海に建っている鳥居だと思います。あの鳥居は、木が地面に建っているのではなく、木の重みで建っているそうです。今建っている鳥居は、高さ16メートルで横の長さが24メートルでクスノキの自然木で作られています。
現在の鳥居は、平安時代からかぞえて8代目だそうです。
宮島の厳島神社は平安時代の建築様式である朱塗りの神殿作りです。
いつ見ても美しいですが、満潮時が1番美しいそうです。是非見に行ってはいかがでしょうか?

2017-07-31

2017年7月30日(日)

本日は、日本学園のワークショップコレクションの日です。小学生・中学生を招いて、日本学園の授業や部活動を体験していただく日です。鉄道研究部も1号館にある高3B組教室に、日頃の活動について紹介する展示会場を設営しました。教室の真ん中に、鉄道模型Nゲージのレイアウトを設営し、窓や壁には、北海道へ行った冬期合宿や北陸へ行った夏期合宿の様子をまとめた模造紙をはりめぐらしました。1年間の活動についてまとめた活動報告集6年分を配布しました。鉄道クイズのコーナーを作りました。正解の数に合わせて鉄道写真をさしあげました。今日は大勢の小学生・中学生と保護者の皆さんに訪れていただき、沢山準備をした甲斐がありました。

2017-07-29

2017年7月29日(土)

明日は、日本学園のワークショップコレクションの日です。多くの小学生・中学生を招き、日本学園の授業や部活動を体験してもらう日です。本日鉄道研究部も、部活動体験コーナーを設営しました。1号館1階の教室の真ん中に鉄道模型Nゲージのレイアウトを敷設しました。今回は7系統の路線を一度に走らせる様に組みました。教室の壁や窓には、昨年度の文化祭で作った1年間の活動に関する記事を貼り巡らしました。記事は、車両基地や検車区の取材で学んだことや鉄道で旅行をした体験イベントで見学したことについて模造紙に書いたものです。
部員たちは、教室を清掃し、机の上にベニヤ板を乗せ、鉄道模型のレールを敷きました。鉄道模型の各車両を走らせ、脱線個所、ジョイントの点検を入念にチェックし、明日に備えました。
明日のワークショップコレクションでは、小学生・中学生たちに鉄道研究部の1年間の活動を紹介し、鉄道模型を一緒に走らせましょうと考えております。明日のワークショップコレクションが良い出会いとなりますように。

高2C組 ヨッシー
鉄道研究部は、全国各地の鉄道車両や施設を見学し、その活動を部誌にまとめたり、学園祭で展示発表をしています。年に約3回実施する合宿では、部員たちが意見を出し合い、普段は行けない様な遠距離の鉄道を見学します。日学祭やオープンキャンパスでは、鉄道模型のレイアウトを敷設し、来場して下さった方々に、鉄道模型の運転を体験していただいています。明日のワークショップコレクションで、当部活に興味を持って下さったら、是非とも日本学園に入学して下さい。鉄道研究部でお待ちしております!

2017-06-18

2017年6月18日(日)

本日、日本学園にてオープンキャンパスが開催されました。大勢の小学生と保護者を招いて、日本学園の授業や部活動の体験、学園の案内を行いました。鉄道研究部も部活動体験会場を設営しました。教室の真ん中に鉄道模型のレイアウトを設置し、教室の窓や壁に車両工場や車両基地の取材、鉄道イベントの見学など、日頃の活動に関するレポートをまとめた模造紙を張り巡らしました。小学生達を2つのグループに分け、鉄道模型の運転と鉄道に関するクイズを行いました。部員達は、私物の電車を持ち合いました。何故か、バスのミニカーをごっそり持ってきました。クイズの方は、正解の数に応じて電車の写真を手渡しました。最後に、鉄道研究部が毎年学園祭の時に作っている年間活動報告集を6年分配布しました。来年、鉄道研究部の活動を一緒にしよう。
オープンキャンパスが終わってから、今度は部員達がひたすら電車を走らせ続けました。最後に夏期合宿の打ち合わせをして、解散しました。今日も一日、楽しく活動ができました。

2017-06-17

2017年6月17日(土)

明日、日本学園にてオープンキャンパスが開催されます。大勢の小学生を招いて、日本学園の授業や部活動を体験してもらう日です。鉄道研究部も、部活体験会場を設営しました。本日は、語彙検定が実施されました。語彙検定が終わってから、部員たちが集合し、部活体験会場を設営しました。いつもより遅い時間に部活体験会場の設営を始めましたが、部員たちは今までに何回も会場設営をしていたので、ぴゅーっと作り上げました。大事をとって、鉄研の部活体験会場を部室に一番近い教室にしておいたので、手際良く展示物を運べました。教室の真ん中に鉄道模型のレイアウトを設置し、教室の壁や窓、廊下にも活動内容を書き記した模造紙をはりめぐらしました。部員たちは、明日の朝、7時に鉄研会場に集合するそうだ。鉄道模型の試運転をするらしい。明日、大勢の小学生が訪れますように。部員一同、お待ちしています。

2017-05-05

2017年5月5日(金)

小田原駅―(東海道本線)―熱海駅―(伊東線)―伊東駅・伊東散策―(伊豆急電鉄)―伊豆急下田駅…下田散策…伊豆急下田駅―(伊豆急電鉄)―今井浜海岸駅・今井浜海岸散策―(伊豆急電鉄)―伊東駅―(伊東線)―熱海駅―(東海道本線)―小田原駅―(小田急電鉄)―町田駅・解散

今日は伊豆急電鉄に乗り、伊豆を散策しました。伊東駅で伊豆満喫フリーきっぷを買い、リゾート21黒船電車の展望席に乗り、伊東駅から伊豆急下田駅まで行きました。
伊豆急下田駅の近くにあるレンタルサイクル屋さんで自転車を借り、下田の街を散策しました。旧澤村邸やペリーロードを見学した後、下田港の近くにある食堂で海鮮料理を食べました。
下田港を散策から、伊豆急電車に乗り今井浜海岸へ行きました。今井浜海岸の岩場で遊んでいたら、潮が満ちてきて来ました。
少し遅くなったので、小田原駅から小田急の特急ロマンスカーに乗って帰りました。晴天に恵まれ、一日をのんびり過ごしました。

高2B ハヤト 伊豆急電鉄リゾート21
伊豆急2100系電車は、運転席後ろは展望席にしたり、海岸線を走ることから海側を窓向きの座席に、山側をボックスシートにしたりするなど、いままでの普通列車にはない「乗って楽しい車両」を目指し設計され、8両編成5本が製造されました。そのコンセプトからか、昭和61年には、鉄道友の会「ブルーリボン賞」を受賞しました。8両のうち1両はグリーン車に変わるもので「ロイヤルボックス」車両で、さらに豪華な仕様で、普通列車で運転される通常時は連結されず、普段は7両編成で運転されます。2004年に、第1編成であるR-1編成が下田開港150周年を記念して黒色に塗装され、車内も下田開港当時の資料を展示するなど「黒船電車」としてリニューアルされましたが、初期編成は潮風による塩害や旧型車両の廃車発生品の足回りを使用していたことから老朽化が進行し、後に引退し、現在はR-4編成が2代目「黒船電車」として運転されています。

2017-04-24

2017年4月21日(金)
昨年の3月、日本学園は教室のロッカーを新しいものに取り換えました。その時、鉄道研究部は、いらなくなったロッカーの一部をいただき部室に並べました。鉄道雑誌、鉄道会社からいただいた資料、部員たちが作った報告集などを保管しておく書棚として使用していました。
今年の4月、学園が資料倉庫を整理し、金属製の書棚を取り換えることとなったので、鉄道研究部の部室に廃棄する書棚を頂くことになりました。
放課後、部室に集合し、皆でロッカーの中にしまっておいた書類を一旦外に出しました。そして、二段に積み上げていたロッカーを一つずつ部室から運び出し、台車を使って学園のゴミ置き場へ運びました。途中、学園に駐車してあった自動車に激突しそうになったが、大丈夫でした。「自動車に傷をつけるのだけは勘弁してくれ。今の鉄研部の予算では弁償出来ない。」
次に、学園からいただいた金属製の書棚を部室に配置し、外に出した鉄道雑誌や資料を収納しました。だいぶ文化部らしい感じの部屋になりました。新入部員を迎えるにあたって、取り敢えずは部室の整理整頓。今年度も新しい仲間を迎えて、楽しく活動が出来ますように。

2017-04-07

2017年4月4日(火)

スマイルホテル長野…長野駅―(信越本線)―篠ノ井駅―(篠ノ井線)―松本駅―(中央本線)―小淵沢駅―(小海線)―小諸駅―(しなの鉄道)―軽井沢駅―(JRバス)―横川駅―(信越本線)―高崎駅―(八高線)―拝島駅・解散

本日は、小海線や八高線に乗って、長野から東京へ帰りました。小海線では、甲斐駒ケ岳や八ヶ岳の景色を眺めながら、日本最高地点の駅である野辺山駅を通過しました。今日は八高線の接続が良かったので、高崎駅から八高線に乗りました。
部員たちは、車窓の景色を眺めながら、鉄道旅行を楽しみました。

高1A ハヤト 中央本線
中央本線は、東京都の東京駅から神奈川県、山梨県、長野県を経て愛知県の名古屋までを結ぶJR線です。このうち、東京から長野県の塩尻までがJR東日本の区間で「中央東線」と、塩尻から名古屋までがJR東海の区間で「中央西線」とそれぞれ呼ばれており、また、両者とも塩尻駅から篠ノ井線に直通し大半の列車が松本方面まで乗り入れる反面、両者の定期旅客列車での直通運転は一切ありません。
今回は、合宿で利用した中央東線について説明します。
この路線は山を走る路線であることから、かつては大きく迂回する区間もあり、新桂川橋梁や塩嶺トンネルなど後世の技術によって新線に移るほか、特急「スーパーあずさ」では振り子式特急E351系電車を導入しカーブでも高速で走られるよう時間短縮への対策が多くの点で見られます。
基本的に運行形態は東京〜高尾、高尾〜松本で大きく異なり、東京〜高尾(一部大月まで)はいわゆる中央線快速電車の区間で、利用客数も非常に多いことから毎時12本以上(青梅線直通や途中駅止まりはあり)の本数が出ています。 高尾〜松本間は211系の6両編成(山梨、長野県内完結運用では3両編成もあり)が走っています。基本的に高尾〜小淵沢は1時間に2本、小淵沢以西では1時間に1本で、甲府・小淵沢折り返しの列車や甲府近郊で利用客の多い塩山〜韮崎・小淵沢や茅野、諏訪地区での区間列車も設定されています。
また、中央本線の特徴として並行する新幹線がないことからかなり多くの特急が設定されており、新宿〜甲府を走る「かいじ」と新宿〜松本を走る「スーパーあずさ」または「あずさ」がそれぞれ1時間に1本ずつ運転されており、新宿〜甲府では1時間に2本の特急が運転されています。長期休みなど利用客が多い時期は臨時便が出ることも少なくなく、最繁忙期では今では珍しい189系も応援に駆けつけ1時間に4〜5本の特急電車が走ることもあります。臨時快速電車も頻繁に設定されており、「ホリデー快速ビューやまなし」「ムーンライト信州」以外にも季節を活かした臨時列車などが存在します。普通電車の特急電車通過待ちは、四方津駅、甲斐大和駅、日野春駅で行われることが多いです。
基本的に全線が複線ですが、茅野〜岡谷は単線のためダイヤ上のネックとなっており、遅延が頻繁に発生しており、特に諏訪湖花火大会開催時は混雑と増便の影響で毎年20分前後の遅延が発生する原因の一つとなっています。
車窓からは甲府盆地、八ヶ岳、南アルプスなど山線らしい雄大な景色を眺めることができ、同じく名古屋へ向かう東海道線とはまた違った楽しみがあります。

卒業生 ユーキ
今回の鉄道研究部春期合宿は、2泊3日で長野に行った。初日は中央線と篠ノ井線を乗り継いで、長野へ向かった。長野に到着後は長野電鉄に乗車。元小田急ロマンスカーであった特急「ゆけむり」で湯田中に向かい、足湯に浸かり、旧駅舎・スイッチバック跡地を見学。折り返しの電車は、さよなら運転時にマッコウクジラと言われた元営団地下鉄日比谷線3000系であった3500系。1964年の東京オリンピック、1998年の長野オリンピックと2つの大イベントの多客輸送で活躍した。国内で2つのオリンピックを影で支えてきた3500系も誕生から約50年が経ち、そろそろ置き換えも考えられる。3500系で信州中野へ向かい、信州中野からは元成田エクスプレスの253系であった特急「スノーモンキー」に乗車。個室の予約が取れたため、4人で長野までの快適な旅を満喫した。朝から晩まで電車移動。さすがに疲れてしまった。2日目はしなの鉄道線の快速電車に乗り、上田へ向かった。車両は、全国的に急速に数を減らしている115系。国鉄時代の懐かしいモーター音。廃車が進んでいることを考えると寂しさを感じる。上田で上田電鉄別所線に乗り、別所温泉を経由して下之郷へ。下之郷では、上田電鉄の車庫を見学した。上田電鉄は東急グループの1つであり、元東急7200系や1000系と東急電鉄で活躍していた車両が走っていた。東急線沿線に住んでいる私にとって、懐かしさを感じることが出来た。また東急電鉄初のセミステンレスカーである5200系が車庫内で保存されていた。東急5200系は私たちにとってあまりなじみのない車両だが、初のセミステンレスカーとして現在の車両に影響を与えたのは間違えないだろう。上田電鉄の車庫見学終了後、篠ノ井経由で松本へ向かった。松本からはアルピコ交通に乗り、新島々経由で新村に向かった。新村では、アルピコ交通の車庫を見学した。車庫内には、元東急電鉄の初代5000形と元京王電鉄の3000系電車が保存・留置されていた。元東急電鉄の初代5000形は、東横線や大井町線など東急線で幅広く活躍した車両だ。私は、東急線で活躍したことよりも、渋谷のハチ公広場に保存されているカットモデルの方がイメージが強い。最後まで現役で動いていた熊本電鉄から引退し、国内を走る初代5000形は消滅してしまったが、初代5000形の功績が現在の車両にも活かされていることは言うまでもないことである。建屋内に移動すると、元京王電鉄の3000系が留置されていた。3000系は元京王電鉄井の頭線用の車両であった。私は日本学園に6年間通ったが、中学の3年間は3000系が現役で井の頭線を走っていた。通学でお世話になっていた車両が地方で元気に活躍している姿をみて感動してしまった。これからも末永く走って欲しいものである。見学を終えた後は松本へ戻り、篠ノ井線でホテルがある長野へ向かった。3日目は東京へ帰る日だった。篠ノ井線の快速に乗り、松本で中央本線に乗り継いで小淵沢へと向かった。小淵沢から八ヶ岳高原線とも言われている小海線に乗車。JRの最高地点と最高駅の野辺山駅は小海線にある。高い標高を走っていることで有名な小海線であるが、公害にも悩まされていた。それは「ヤスデ」である。ヤスデはムカデに似た節足動物である。小海線に限らず山岳地帯を走る路線はヤスデ問題に直面していたが、最もひどかったのが小海線であった。1976年の秋、小海線の甲斐小泉〜野辺山間でヤスデが大量発生し列車が6本立ち往生し、12本の列車が運休となった。ヤスデがいなくなる10月末までの約2ヶ月の間、ヤスデの駆除のために延べ331人が動員され、人件費や殺虫剤、代替輸送費などで約430万円の費用がかかったという伝説が残っている。素晴らしい景色を眺めながら駅弁を食べ、小諸駅へと向かった。小諸からはしなの鉄道線で軽井沢へ。別荘地軽井沢を通るしなの鉄道線からの景色はひと味違った。軽井沢に到着後はJRバス関東で碓氷峠を降り、峠の釜めしで有名な信越本線の横川駅へ向かった。軽井沢と横川の標高差は約500m。この高低差の場所を昔は列車が走っていた。信越本線の横川〜軽井沢間は鉄道の三大難所の1つであった。北の板谷、東の碓氷、西の瀬野八。今残るのは、北の板谷と西の瀬野八。碓氷峠には66.7‰の勾配があった。66.7‰は1kmで66.7m登るという意味である。66.7‰という数字は、他では見られない驚異の数字だ。信越本線で高崎に出た後、高崎線と八高線の2班に分かれ、流れ解散となった。今回の合宿は懐かしい車両と出会うことが出来た。言い方を変えれば、第2の人生スペシャル。後輩達も懐かしいと口にしていた。合宿で学んだことも沢山あった。春休みの最後にいい思い出が作れた。春休みも終わり、いよいよ新学期が始まる。良い1年が過ごせるよう努力していきたいと思う。