部活動

鉄道研究部

土曜日の放課後や休日を利用して、鉄道のイベント、鉄道会社の車両基地、車両工場、検車区などを取材しています。イベントで見学したこと、鉄道会社で取材したことを詳しくまとめ、学園祭で展示発表しています。
鉄道研究部公式HP http://www7b.biglobe.ne.jp/~suzuki3309/

部活動・委員会一覧
2017-06-18

2017年6月18日(日)

本日、日本学園にてオープンキャンパスが開催されました。大勢の小学生と保護者を招いて、日本学園の授業や部活動の体験、学園の案内を行いました。鉄道研究部も部活動体験会場を設営しました。教室の真ん中に鉄道模型のレイアウトを設置し、教室の窓や壁に車両工場や車両基地の取材、鉄道イベントの見学など、日頃の活動に関するレポートをまとめた模造紙を張り巡らしました。小学生達を2つのグループに分け、鉄道模型の運転と鉄道に関するクイズを行いました。部員達は、私物の電車を持ち合いました。何故か、バスのミニカーをごっそり持ってきました。クイズの方は、正解の数に応じて電車の写真を手渡しました。最後に、鉄道研究部が毎年学園祭の時に作っている年間活動報告集を6年分配布しました。来年、鉄道研究部の活動を一緒にしよう。
オープンキャンパスが終わってから、今度は部員達がひたすら電車を走らせ続けました。最後に夏期合宿の打ち合わせをして、解散しました。今日も一日、楽しく活動ができました。

2017-06-17

2017年6月17日(土)

明日、日本学園にてオープンキャンパスが開催されます。大勢の小学生を招いて、日本学園の授業や部活動を体験してもらう日です。鉄道研究部も、部活体験会場を設営しました。本日は、語彙検定が実施されました。語彙検定が終わってから、部員たちが集合し、部活体験会場を設営しました。いつもより遅い時間に部活体験会場の設営を始めましたが、部員たちは今までに何回も会場設営をしていたので、ぴゅーっと作り上げました。大事をとって、鉄研の部活体験会場を部室に一番近い教室にしておいたので、手際良く展示物を運べました。教室の真ん中に鉄道模型のレイアウトを設置し、教室の壁や窓、廊下にも活動内容を書き記した模造紙をはりめぐらしました。部員たちは、明日の朝、7時に鉄研会場に集合するそうだ。鉄道模型の試運転をするらしい。明日、大勢の小学生が訪れますように。部員一同、お待ちしています。

2017-05-05

2017年5月5日(金)

小田原駅―(東海道本線)―熱海駅―(伊東線)―伊東駅・伊東散策―(伊豆急電鉄)―伊豆急下田駅…下田散策…伊豆急下田駅―(伊豆急電鉄)―今井浜海岸駅・今井浜海岸散策―(伊豆急電鉄)―伊東駅―(伊東線)―熱海駅―(東海道本線)―小田原駅―(小田急電鉄)―町田駅・解散

今日は伊豆急電鉄に乗り、伊豆を散策しました。伊東駅で伊豆満喫フリーきっぷを買い、リゾート21黒船電車の展望席に乗り、伊東駅から伊豆急下田駅まで行きました。
伊豆急下田駅の近くにあるレンタルサイクル屋さんで自転車を借り、下田の街を散策しました。旧澤村邸やペリーロードを見学した後、下田港の近くにある食堂で海鮮料理を食べました。
下田港を散策から、伊豆急電車に乗り今井浜海岸へ行きました。今井浜海岸の岩場で遊んでいたら、潮が満ちてきて来ました。
少し遅くなったので、小田原駅から小田急の特急ロマンスカーに乗って帰りました。晴天に恵まれ、一日をのんびり過ごしました。

高2B ハヤト 伊豆急電鉄リゾート21
伊豆急2100系電車は、運転席後ろは展望席にしたり、海岸線を走ることから海側を窓向きの座席に、山側をボックスシートにしたりするなど、いままでの普通列車にはない「乗って楽しい車両」を目指し設計され、8両編成5本が製造されました。そのコンセプトからか、昭和61年には、鉄道友の会「ブルーリボン賞」を受賞しました。8両のうち1両はグリーン車に変わるもので「ロイヤルボックス」車両で、さらに豪華な仕様で、普通列車で運転される通常時は連結されず、普段は7両編成で運転されます。2004年に、第1編成であるR-1編成が下田開港150周年を記念して黒色に塗装され、車内も下田開港当時の資料を展示するなど「黒船電車」としてリニューアルされましたが、初期編成は潮風による塩害や旧型車両の廃車発生品の足回りを使用していたことから老朽化が進行し、後に引退し、現在はR-4編成が2代目「黒船電車」として運転されています。

2017-04-24

2017年4月21日(金)
昨年の3月、日本学園は教室のロッカーを新しいものに取り換えました。その時、鉄道研究部は、いらなくなったロッカーの一部をいただき部室に並べました。鉄道雑誌、鉄道会社からいただいた資料、部員たちが作った報告集などを保管しておく書棚として使用していました。
今年の4月、学園が資料倉庫を整理し、金属製の書棚を取り換えることとなったので、鉄道研究部の部室に廃棄する書棚を頂くことになりました。
放課後、部室に集合し、皆でロッカーの中にしまっておいた書類を一旦外に出しました。そして、二段に積み上げていたロッカーを一つずつ部室から運び出し、台車を使って学園のゴミ置き場へ運びました。途中、学園に駐車してあった自動車に激突しそうになったが、大丈夫でした。「自動車に傷をつけるのだけは勘弁してくれ。今の鉄研部の予算では弁償出来ない。」
次に、学園からいただいた金属製の書棚を部室に配置し、外に出した鉄道雑誌や資料を収納しました。だいぶ文化部らしい感じの部屋になりました。新入部員を迎えるにあたって、取り敢えずは部室の整理整頓。今年度も新しい仲間を迎えて、楽しく活動が出来ますように。

2017-04-07

2017年4月4日(火)

スマイルホテル長野…長野駅―(信越本線)―篠ノ井駅―(篠ノ井線)―松本駅―(中央本線)―小淵沢駅―(小海線)―小諸駅―(しなの鉄道)―軽井沢駅―(JRバス)―横川駅―(信越本線)―高崎駅―(八高線)―拝島駅・解散

本日は、小海線や八高線に乗って、長野から東京へ帰りました。小海線では、甲斐駒ケ岳や八ヶ岳の景色を眺めながら、日本最高地点の駅である野辺山駅を通過しました。今日は八高線の接続が良かったので、高崎駅から八高線に乗りました。
部員たちは、車窓の景色を眺めながら、鉄道旅行を楽しみました。

高1A ハヤト 中央本線
中央本線は、東京都の東京駅から神奈川県、山梨県、長野県を経て愛知県の名古屋までを結ぶJR線です。このうち、東京から長野県の塩尻までがJR東日本の区間で「中央東線」と、塩尻から名古屋までがJR東海の区間で「中央西線」とそれぞれ呼ばれており、また、両者とも塩尻駅から篠ノ井線に直通し大半の列車が松本方面まで乗り入れる反面、両者の定期旅客列車での直通運転は一切ありません。
今回は、合宿で利用した中央東線について説明します。
この路線は山を走る路線であることから、かつては大きく迂回する区間もあり、新桂川橋梁や塩嶺トンネルなど後世の技術によって新線に移るほか、特急「スーパーあずさ」では振り子式特急E351系電車を導入しカーブでも高速で走られるよう時間短縮への対策が多くの点で見られます。
基本的に運行形態は東京〜高尾、高尾〜松本で大きく異なり、東京〜高尾(一部大月まで)はいわゆる中央線快速電車の区間で、利用客数も非常に多いことから毎時12本以上(青梅線直通や途中駅止まりはあり)の本数が出ています。 高尾〜松本間は211系の6両編成(山梨、長野県内完結運用では3両編成もあり)が走っています。基本的に高尾〜小淵沢は1時間に2本、小淵沢以西では1時間に1本で、甲府・小淵沢折り返しの列車や甲府近郊で利用客の多い塩山〜韮崎・小淵沢や茅野、諏訪地区での区間列車も設定されています。
また、中央本線の特徴として並行する新幹線がないことからかなり多くの特急が設定されており、新宿〜甲府を走る「かいじ」と新宿〜松本を走る「スーパーあずさ」または「あずさ」がそれぞれ1時間に1本ずつ運転されており、新宿〜甲府では1時間に2本の特急が運転されています。長期休みなど利用客が多い時期は臨時便が出ることも少なくなく、最繁忙期では今では珍しい189系も応援に駆けつけ1時間に4〜5本の特急電車が走ることもあります。臨時快速電車も頻繁に設定されており、「ホリデー快速ビューやまなし」「ムーンライト信州」以外にも季節を活かした臨時列車などが存在します。普通電車の特急電車通過待ちは、四方津駅、甲斐大和駅、日野春駅で行われることが多いです。
基本的に全線が複線ですが、茅野〜岡谷は単線のためダイヤ上のネックとなっており、遅延が頻繁に発生しており、特に諏訪湖花火大会開催時は混雑と増便の影響で毎年20分前後の遅延が発生する原因の一つとなっています。
車窓からは甲府盆地、八ヶ岳、南アルプスなど山線らしい雄大な景色を眺めることができ、同じく名古屋へ向かう東海道線とはまた違った楽しみがあります。

卒業生 ユーキ
今回の鉄道研究部春期合宿は、2泊3日で長野に行った。初日は中央線と篠ノ井線を乗り継いで、長野へ向かった。長野に到着後は長野電鉄に乗車。元小田急ロマンスカーであった特急「ゆけむり」で湯田中に向かい、足湯に浸かり、旧駅舎・スイッチバック跡地を見学。折り返しの電車は、さよなら運転時にマッコウクジラと言われた元営団地下鉄日比谷線3000系であった3500系。1964年の東京オリンピック、1998年の長野オリンピックと2つの大イベントの多客輸送で活躍した。国内で2つのオリンピックを影で支えてきた3500系も誕生から約50年が経ち、そろそろ置き換えも考えられる。3500系で信州中野へ向かい、信州中野からは元成田エクスプレスの253系であった特急「スノーモンキー」に乗車。個室の予約が取れたため、4人で長野までの快適な旅を満喫した。朝から晩まで電車移動。さすがに疲れてしまった。2日目はしなの鉄道線の快速電車に乗り、上田へ向かった。車両は、全国的に急速に数を減らしている115系。国鉄時代の懐かしいモーター音。廃車が進んでいることを考えると寂しさを感じる。上田で上田電鉄別所線に乗り、別所温泉を経由して下之郷へ。下之郷では、上田電鉄の車庫を見学した。上田電鉄は東急グループの1つであり、元東急7200系や1000系と東急電鉄で活躍していた車両が走っていた。東急線沿線に住んでいる私にとって、懐かしさを感じることが出来た。また東急電鉄初のセミステンレスカーである5200系が車庫内で保存されていた。東急5200系は私たちにとってあまりなじみのない車両だが、初のセミステンレスカーとして現在の車両に影響を与えたのは間違えないだろう。上田電鉄の車庫見学終了後、篠ノ井経由で松本へ向かった。松本からはアルピコ交通に乗り、新島々経由で新村に向かった。新村では、アルピコ交通の車庫を見学した。車庫内には、元東急電鉄の初代5000形と元京王電鉄の3000系電車が保存・留置されていた。元東急電鉄の初代5000形は、東横線や大井町線など東急線で幅広く活躍した車両だ。私は、東急線で活躍したことよりも、渋谷のハチ公広場に保存されているカットモデルの方がイメージが強い。最後まで現役で動いていた熊本電鉄から引退し、国内を走る初代5000形は消滅してしまったが、初代5000形の功績が現在の車両にも活かされていることは言うまでもないことである。建屋内に移動すると、元京王電鉄の3000系が留置されていた。3000系は元京王電鉄井の頭線用の車両であった。私は日本学園に6年間通ったが、中学の3年間は3000系が現役で井の頭線を走っていた。通学でお世話になっていた車両が地方で元気に活躍している姿をみて感動してしまった。これからも末永く走って欲しいものである。見学を終えた後は松本へ戻り、篠ノ井線でホテルがある長野へ向かった。3日目は東京へ帰る日だった。篠ノ井線の快速に乗り、松本で中央本線に乗り継いで小淵沢へと向かった。小淵沢から八ヶ岳高原線とも言われている小海線に乗車。JRの最高地点と最高駅の野辺山駅は小海線にある。高い標高を走っていることで有名な小海線であるが、公害にも悩まされていた。それは「ヤスデ」である。ヤスデはムカデに似た節足動物である。小海線に限らず山岳地帯を走る路線はヤスデ問題に直面していたが、最もひどかったのが小海線であった。1976年の秋、小海線の甲斐小泉〜野辺山間でヤスデが大量発生し列車が6本立ち往生し、12本の列車が運休となった。ヤスデがいなくなる10月末までの約2ヶ月の間、ヤスデの駆除のために延べ331人が動員され、人件費や殺虫剤、代替輸送費などで約430万円の費用がかかったという伝説が残っている。素晴らしい景色を眺めながら駅弁を食べ、小諸駅へと向かった。小諸からはしなの鉄道線で軽井沢へ。別荘地軽井沢を通るしなの鉄道線からの景色はひと味違った。軽井沢に到着後はJRバス関東で碓氷峠を降り、峠の釜めしで有名な信越本線の横川駅へ向かった。軽井沢と横川の標高差は約500m。この高低差の場所を昔は列車が走っていた。信越本線の横川〜軽井沢間は鉄道の三大難所の1つであった。北の板谷、東の碓氷、西の瀬野八。今残るのは、北の板谷と西の瀬野八。碓氷峠には66.7‰の勾配があった。66.7‰は1kmで66.7m登るという意味である。66.7‰という数字は、他では見られない驚異の数字だ。信越本線で高崎に出た後、高崎線と八高線の2班に分かれ、流れ解散となった。今回の合宿は懐かしい車両と出会うことが出来た。言い方を変えれば、第2の人生スペシャル。後輩達も懐かしいと口にしていた。合宿で学んだことも沢山あった。春休みの最後にいい思い出が作れた。春休みも終わり、いよいよ新学期が始まる。良い1年が過ごせるよう努力していきたいと思う。

2017-04-03

2017年4月3日(月)
長野駅―(信越本線・しなの鉄道)―上田駅―(上田電鉄)―別所温泉駅―(上田電鉄)―下之郷駅・車両基地・鉄道資料館・取材―(上田電鉄)―上田駅―(しなの鉄道)―篠ノ井駅―(篠ノ井線)―松本駅―(アルピコ交通)―新島々駅―(アルピコ交通)―新村駅・村井車両所・取材―(アルピコ交通)―松本駅

本日の午前は、上田電鉄別所線下之郷車両基地を取材しました。初めに別所温泉駅へ行き、静態保存をされている丸窓電車を撮影しました。
次に、下之郷駅へ行きました。旧西丸子線の駅舎を利用した資料館を見学し、上田電鉄の歴史について学びました。かつて、上田盆地、丸子一帯は生糸の産地で、カネボウが中心となり、上田電鉄西丸子線や国鉄を経由して、丸子一帯の生糸を出荷していたそうです。真田線は、菅平まで延伸する計画もあったそうです。現在も、上田城址の石垣の下に路線や駅の遺構が残っています。
現在、上田電鉄は東急グループの一つで、旧東急の車両が運行されています。下之郷では状態検査が行われています。重要部検査は長津田工場で行われています。別所線は急カーブが多いので、18m車両を導入しています。ステンレス車両ですが、上田市の補助金を利用してラッピングをしています。別所温泉に近づくと、40‰の急勾配区間があるので、冬の間は空転を防ぐために鋳鉄のブレーキシューを利用しています。運転本数が少ないので、回生ブレーキよりはブレーキシューを多用しています。NHK大河ドラマ「真田丸」の放映で、一時期ずいぶんと観光客が増えたそうです。
午後には、アルピコ交通上高地線村井車両所を取材しました。村井車両所には、旧東急車両の5000形電車が静態保存されています。ボランティアの方々の手で、緑色に塗られ、車内には上高地線の資料が保存されていました。
上高地線は直線コースが多く、かつては名古屋から国鉄を通じて気動車が乗り入れていたので、21m級の車両まで運行可能です。車両基地や駅が18m車両2両分に設定されているので、旧井の頭線3000系車両を導入しました。ワンマン運転を考慮すると、運転室と客室扉が近い旧東急5000系の様な構造の車両がベストですが、導入価格、導入後の京王子会社のメンテナンス体制などを考慮し、旧井の頭線3000系を導入したそうです。18m3扉車という設計も使いやすいそうです。重要部検査などは、若葉台工場で行われるそうです。

高1C組 おーちゃん 上田電鉄の車両と路線
上田電鉄は現在、別所線しかないですが昔は青木線と西丸子線、丸子線、真田傍陽線があり4線とも廃線となっています。上田電鉄は生糸の輸送路線として開業ました。昔はタブレット交換をしたり今とは違う光景でした。現在は東急グループの一員で車両は東急から来た車両おり、その車両をラッピングしたり改造をしています。別所線の距離は11.6kmで2両編成、途中に大学や短期大学があったり温泉があったりして地元の方にも利用されている路線です。上田電鉄といえば丸窓車両でモハ5250が最初の車両とされています。
高2B組 ダイキ アルピコ交通上高地線村井車両所
アルピコ交通の村井車両所は、元々東京電力のダム建設の資材運搬の関係で機関車の車庫が必要になり東京電力によってたくられました。建物は、18m車が2両入るピット線が2本あります。

高2B コーチ
上田電鉄別所線の車両基地は下之郷駅に隣接されています。かつては上田駅にも車両基地がありましたが、長野新幹線の先行開業に伴う上田駅の回収工事の影響で現在の下之郷駅に統合されました。
車庫の奥にはかつて走っていた元東急5200系がいました。
上田電鉄は東急電鉄の子会社なので車両はバスも東急からのお下がりです。
丸窓の7500系も運用以外は下之郷駅の車両基地か留置線にいるのでぜひ見に行って見てください。

高2B ダイキ アルピコ交通村井車庫
アルピコ交通の村井車両所は、元々東京電力のダム建設の資材運搬の関係で機関車の車庫が必要になり東京電力によってたくられました。建物は、18メートル車が2両入るピット線が2本あります。

高1A ハヤト しなの鉄道
しなの鉄道は、1997年に開業した長野新幹線の並行路線だった当時の信越本線の、長野県内の軽井沢〜篠ノ井間が経営移管、第三セクター鉄道として開業した。しなの鉄道には2015年の新幹線金沢延伸の際に、長野以北である長野〜妙高高原間も移管され、こちらは「北しなの線」として開業されたが、今回は合宿で利用してないため割愛する。
軽井沢〜篠ノ井間は「しなの鉄道線」という路線名で、駅は篠ノ井と軽井沢含め19駅だが、そのうちテクノさかき駅は1999年に、そして2001年に屋代高校前駅が、2002年に信濃国分寺駅がそれぞれ開業している。八代、戸倉、上田、小諸、軽井沢の5駅では首都圏でも採用されている発車メロディが使用されている。
運転は普通電車が中心だが、快速も走っており、1往復はホームライナー的な存在として長野〜上田間がノンストップの「しなのサンライズ」「しなのサンセット」が運転されている。
車両は「しなのサンライズ」「しなのサンセット」を含め全てJR東日本からの譲渡車による115系で、2両編成と3両編成が存在する。2013年までは169系も走っていたほか、2015年までは「しなのサンライズ」「しなのサンセット」はJR長野総合車両センター所属の189系が運転されていた。
115系を1編成、水戸岡鋭治氏デザインの観光列車に改造して「ろくもん」として、2014年に運行が開始された。名前の由来は沿線地域ゆかり、信濃国の豪族で、大河ドラマでも有名になった真田氏の六文銭より来ている。車内は長野県産の木が使われており、1号車はファミリーやグループ向けの車両とし、中央に子供の遊び場用で木のプールが設置されている。2号車は車窓を楽しみながら食事ができるカウンター席とソファ席を配置しているほか、キッチン3号車は2人組の客が食事を楽しめる個室がある。
しなの鉄道は18切符は使えないですが、首都圏から近いこともあり、日帰りでも十分行ける距離にあります。是非一度乗ってみてください。

2017-04-02

2017年4月2日(日)
新宿駅―(中央本線)―大月駅―(中央本線)―甲府駅―(中央本線)―松本駅―(篠ノ井線・信越本線)―長野駅―(長野電鉄)―湯田中駅・足湯入浴―(長野電鉄)―信州中野駅―(長野電鉄)―長野駅

今回の春期合宿では、信州の鉄道を見学しに行きました。7時30分、JR新宿駅に集合し、ホリデー快速に乗り大月駅へ行きました。そこから、中央本線、篠ノ井線、信越本線の普通電車を乗り継ぎ、長野駅へ向かいました。途中、篠ノ井線の姥捨駅のスイッチバックで、長野盆地と長の山々の絶景を眺めました。姥捨駅は、標高551mの山の中腹にあり、駅のホームから見下ろす善光寺平は、根室本線の狩勝峠(現在はルート変更により廃止)、肥薩線の矢岳駅と共に日本三大車窓の1つとされています。
長野駅から長野電鉄A特急「ゆけむり」に乗って、湯田中駅へ行きました。「ゆけむり」は、老朽化した長野電鉄2000系の代替として、小田急電鉄で使用されていたロマンスカー10000形「HiSE」を、長野電鉄が無償で譲り受けた車両です。部員たちは、先頭車の展望席を陣取り、志賀高原の絶景を眺めました。
湯田中駅は、以前は2面2線の相対式ホームの駅で、いつもは2番線のみを使用していました。2面2線時代は、平坦な場所にあるホームに3両編成を入れるために、駅の奥にある県道の踏切を乗り越えて、200mの延長線を走ってからスイッチバックをして入線する駅でした。湯田中駅が40‰の勾配を登りきった所にあり、信州中野駅方へ平坦な場所でホームを延長することが難しく、そのままでは駅の奥にある県道の踏切に先頭車がかかったためです。2両編成の電車ならそのまま入線しても全長がホームに入ったのでスイッチバックは行われませんでした。
2006年9月1日〜30日に行われた改修工事により、このスイッチバックが解消され、現在のホームとなり、駅の奥の踏切と200mの延長線も廃止されました。2006年12月9日に営業運転を開始した1000系電車の運転席の位置や構造、スイッチバック方式の駅への乗り入れが難しかったので、このスイッチバックが廃止されました。旧1番線側にある旧駅舎には、「湯田中駅前温泉 楓の湯」(日帰り入浴施設)があります。部員たちは、駅舎の前にある足湯につかりました。
湯田中駅を見学した後、長野電鉄3500系に乗り信州中野駅へ戻りました。3500系は、長野電鉄が営団地下鉄(現在の東京メトロ)から、廃車となった日比谷線の営団3000系を譲受・改造した車両です。部員たちは、「これは、1961年に営団地下鉄日比谷線に導入された通勤形電車だ。」と言って、外装や車内を撮影しまくっていました。
湯田中駅よりB特急2100系「スノーモンキー」に乗りました。2100系は、老朽化した長野電鉄2000系の代替としてJR東日本253系「を譲り受けた車両です。253系電車は、成田国際空港へのアクセス特急「成田エクスプレス」の専用車両として、1991年3月19日に運用を開始したJR東日本の直流特急形車両です。部員たちは、個室の指定席をとり、長野駅まで乗りました。
途中、小布施駅構内にある「ながでん電車の広場」に保存されている2000系D編成の3両を見て、「以前に来た時は、あの電車に乗ったな。」と懐かしんでいました。長野電鉄長野駅に着くと、「この駅は、神戸電鉄新開地駅に似ているな。」と言っていました。今日は、長野電鉄に乗りながら、各車両をゆっくり撮影しました。

高1A組 タクヤ 長野電鉄
概要 須坂や中野といった千曲川東岸地域と国鉄線の接続による産業輸送近代化を目的とした「河東鉄道」を発祥とし、その後県都である長野との接続を図る「長野電気鉄道」を設立し須坂駅 - 長野駅間を開業、両社を統合して発足したのが現在の長野電鉄である。複線区間では20〜30分毎の高頻度運転を続けており、長野市の都市計画において長野都市圏の大動脈として位置付けられ沿線の開発も進み、また長野市と須坂市・中野市を結ぶ都市間路線としての機能も強くなったことから観光色は若干弱くなっていたが、新型特急用車両の導入により観光輸送にも改めて取り組んでいる。かつては直営でバス事業も行っていたが1987年3月より一部路線を順次、長電グループの子会社に移管し、1997年10月には残るバス事業を長電バスに分社した。
現役車両
2100系:通称「スノーモンキー」。3両編成2本。元JR東日本253系。2011年 2月26日から特急列車として営業運転開始。
10000系:通称「ゆけむり」。4両編成2本。元小田急ロマンスカー10000形Hize。2006年12月9日から特急列車として営業運転開始
8500系:元東急8500系。2005年9月2日より営業運転開始。
3500系:元営団3000系。

2016-12-30

2016年12月29日(木)
ホテルステーション京都…市電広場…京都鉄道博物館・見学…京都駅―(東海道本線)―山科駅…京阪山科駅―(京阪京津線)―浜大津駅・撮影―(京阪石山坂本線)―近江神宮前駅―(京阪石山坂本線)―・坂本駅―(京阪石山坂本線)―・石山寺駅―(京阪石山坂本線)―浜大津駅―(京阪京津線・京都市営地下鉄)―烏丸五条駅―(京都市営地下鉄)―京都駅―(東海道本線)―米原駅―(東海道本線)―大垣駅

今日は、朝に京都駅を散策しました。京都駅の正面改札には、劇場も備えた巨大なガラス張りの駅舎があり、駅舎の屋上から京都の街並みが展望できました。東海道本線、山陰本線、奈良線や湖西線を行き来する電車を撮影してから、梅小路公園へ行きました。
市電広場で、京都市電の保存車を見学してから、京都鉄道博物館を見学しました。最初に、プロムナードで、新幹線0系、クハ86形、DD54形、クハ103形、C62形蒸気機車を見学しました。本館1階では、JR西日本を代表する車両、500系新幹線、581系特急形交直流電車、クハ489系交直流特急電車などを見学しました。DD51形やEF66形の各装置をも見学しました。本館の2階には、巨大な鉄道ジオラマ、駅施設、運転シミュレータ、レストランがあり、大勢のお客さんで賑わっていました。企画展示室では、「寝台列車の軌跡」について展示されていました。屋上のスカイテラスからは、山陰本線、東海道本線をひっきりなしに行きかう各列車を見渡せました。トワイライトプラザで、とわ以来手トワイライトエクスプレスの電気機関車や食堂車を見学しました。SLひろばで、白い蒸気を噴き上げて出発するSLスチーム号を見学しまし。扇型車庫にあるC62などの蒸気機関車を次々に撮影しました。出口の旧二条駅舎には、蒸気機関車関連の資料館とミュージアムショップがありました。ミュージアムショップは、「入線制限」と放送されるほどの大盛況でした。
京都鉄道博物館を見学してから、清水寺と花見小路に立ち寄る予定でしたが、部員たちが「寒い。疲れた。歩きたくない。」と言うので、電車とミニカーとゲーム以外には何も興味がないようなので、清水寺と浜見工事をカットして、JR東海道本線に乗って、山科へ行き、まっすぐ京津線浜大津駅へ行きました。
浜大津で路面を行き来する京阪電鉄京津線、石山坂本線の各車両を撮影しました。次に、近江神宮前駅で、保存車両のカットモデルを撮影し、坂本駅、石山駅まで、石山坂本線に乗り、京都市営地下鉄を乗り継ぎ、京都駅へ戻りました。京都駅で買い物をし、大垣駅に向かいました。

2016年12月30日(金)

大垣駅―(ムーンライトながら)―横浜駅・東京駅―(中央線)―新宿駅・解散

ムーンライトながらの出発時間90分前ほどに大垣駅に行きました。大垣駅の周りには、コンビニエンスストアが何件かあり、車内での軽食や飲み物を買えました。大垣駅で写真を撮ったり、垂水鉄道や養老鉄道を眺めているうちにムーンライトながらが入線しました。大垣駅を発車するとあっという間に、名古屋駅に到着しました。日付が30日になるので、車内で青春18きっぷを30日の分に手続きしました。部員たちは、夜景を眺めながら、車内放送を録音したり、今回の合宿のレポートを書きました。車内の椅子がゆったりしていて、ぐっすり眠れました。目が覚めると、横浜駅に近づいていました。横浜駅、東京駅、新宿駅で流れ解散しました。皆さん、良いお年を。

高2A組 りん 京都鉄道博物館
私は名古屋のリニア鉄道博物館には行くことが出来なかったので、今回京都鉄道博物館に行くことを楽しみにしていました。中に入ってみると、0系が何両か置いてあったり、月光のヘッドマークの583系、ボンネット車などがありました。0系の食堂車は見たことが無かったので驚きました。1度しか乗れなかった500系や、子供の頃によく乗っていた100系も見ることができて、懐かしい気分になりました。残念ながらリニア鉄道博物館の300系は無くなってしまったと聞いていますが、今度は名古屋に行ってみたいと思います。

高1A組 タクヤ 新幹線0系
0系新幹線は国鉄が1964年の東海道新幹線開業用に開発された初代の新幹線である。1964年から1986年まで改良を重ねつつ統計3216両が製造されました。世界で初めて時速200kmを超える営業運転を達成しました。この事が起きたことで、0系新幹線は夢の超特急と呼ばれるようになりました。1964年の開業から、東海道 山陽新幹線として40年以上にわたって運用されたが2008年11月30日に定期営業運転が終了、翌月12月14日のさよなら運転をもって営業運転を終えました。

中1A組 ショータ 京都鉄道博物館の蒸気機関車
1070形1080号機は、1901(明治34)年に英国から輸入され、官設鉄道東海道線で使われたテンダー式蒸気機関車D9形651号機(後に6270形6289号機と改称)を、1926(大正15)年にタンク式機関車1070形に改造し岐阜県の美濃太田機関区に配属されました。その後新潟の日鉄鉱業株式会社に払い下げられ鉄鉱石の輸送で使われました。他にも、C51-233、C53-45、C59-164、D52-468、D50-140、C58-1、C55-1、D51-1、D51-200などの車両が保存されています。
重要文化財(美術工芸品)
230形233号蒸気機関車
230形蒸気機関車は、通信症鉄道作業局が汽車製造合資会社に発注し、国産で初めて量産化されタンク式蒸気機関車である。イギリスからされたA8形タンク式蒸気機関車を基にして製造すると共に、日本人の体格に会わせて改良などの工夫がされている。233号機は、1963(明治36)年度に、西日本などで活躍したのち、国鉄高砂工場の入れ換え用機関車となり1962(昭和37)年に開館した交通科学博物館で展示するため、国鉄鷹取工場で復元し、現在の姿になりました。
当機関車は、先に特徴を持つ230形蒸気機関車の中で国内に保存状態の良い機関車であり、「現在最古の国内量産型蒸気機関車」として保存する意義がある車両です。

高2B組 ダイキ 京津線
今回は、京阪山科から浜大津まで800形に乗りました。下り坂ばかりでカーブも多くのんびりした路線という印象でした。浜大津手前の併用軌道で見る800形は関東では、地下鉄と路面を走るのを見ないので驚きました。まるで江ノ電のようでした。直角カーブは、曲がれるのかと思うほどでした。800形は、4両編成で中間車は、ロングシートですが、先頭車は、クロスシートです。残念ながら転換シートではありません。

高3B組 ヒロ 合宿で想ったこと
まずは神戸までJR東海道本線、関西本線を利用しました。
藤沢から神戸までは約10時間以上かかります。
2日目では新開地駅〜鈴蘭台駅から分かれて粟生駅、三田駅まで結ぶ神戸鉄道を撮影し、ポートタワーまで散策しました。登ったあとは東海道本線で京都まで行きました。
神戸〜京都までは新快速を利用して約1時間かかります。
3日目では京都鉄道博物館を見学しました。そこでは梅小路蒸気機関車の他にも東海道新幹線500系や寝台列車トワイライトエクスプレス、ディーゼル機関車などが展示されていました。その後は京阪電鉄(京津線、坂本線、大津線)を撮影し、東海道本線で大垣駅まで移動し、夜行快速列車「ムーンライトながら号」に乗りました。
車両研修所には行けませんでしたが、鉄道と風景と一緒に撮れて良かったと思います。
混雑の中や寒い中では大変でしたが、集合時間に間に合ったり、はぐれなかったりなどの団体活動ではしっかりしていてそれも良かったなと感じました。
最後の合宿となってしまいましたが、もし間が空いていて、行ける余裕があるならば、またよろしくお願いします。ありがとうございました。

2016-12-28

2016年12月28日(水)

東横インJR神戸駅北口…湊川駅―(神戸電鉄)―長田駅―(神戸電鉄)―志染駅―(神戸電鉄)―粟生駅―(神戸電鉄)―鈴蘭台駅―(神戸電鉄)―上谷駅―(神戸電鉄)―有馬駅…有馬温泉・散策…有馬駅―(神戸電鉄)―三田駅…撮影…三田本町駅―(神戸電鉄)―ウッディタウン中央駅―(神戸電鉄)―新開地駅―(神戸高速線・阪急電鉄)―花隅駅…神戸ポートタワー・散策…神戸駅―(東海道本線)―京都駅

今日は、神戸街めぐり1Dayクーポン神鉄版を利用して、神戸電鉄を撮影しました。長田駅で通勤時間帯をひっきりなく行き来する神戸電鉄の電車を撮影しました。次に、粟生線志染駅で、2扉車・3扉車の混合編成などを撮影しました。終点の粟生駅まで行き、JR加古川線や北条鉄道の気動車などを見学しました。粟生線と有馬線の分岐駅、鈴蘭台駅へ戻り、両線を往来する神戸電鉄新旧各車両を撮影しました。神戸電鉄と北神急行の乗換駅、神谷駅へ行きました。北神急行は、神戸電鉄の神谷駅と新幹線の新神戸駅、三宮駅を一直線の長いトンネルで結んでいる鉄道です。神戸電鉄上下線と北神急行が隣り合うホームで乗り換えられる様になっていました。次に、豊臣秀吉とゆかりのある有馬温泉へ行きました。ねね像の前で写真を撮り、足湯につかりました。次に三田駅と三田本町駅の間にある鉄橋で、三田線・公園都市線を行き来する神戸電鉄車両を撮影しました。最後に。神戸電鉄公園都市線の終点、ウッディタウン中央駅に行きました。公園都市線は、巨大なショッピングモールが立ち並ぶ新興住宅地を走る幹線道路の真ん中に線路が敷かれていました。千里ニュータウンや北宋可愛発鉄道の様な感じでした。神戸電鉄は、路線は曲線区間や坂道区間が多く、電車には2扉車や3扉車が多く、部員たちは大に興味を持ち、電車を撮影しました。どの乗換駅も接続が良く、階段が少なく大変便利でした。部員たちは、「神戸電鉄を全線乗れた。」と喜びました。最後に神戸ポートタワーに行き、神戸港の夜景を楽しみました。神戸駅からJR東海道本線新快速に乗り、京都へ向かいました。新快速がすげースピードで走り、50分で京都に着きました。

高1C組 ヨッシー 神戸電鉄について
神戸電鉄とは、1500V・架空電車線方式・軌間1067mmで有馬線・三田線・粟生線・公園都市線の4路線を運行させている準大手私鉄である。有馬線は湊川〜有馬温泉、三田線は有馬口〜三田(さんだ)、粟生線は鈴蘭台〜粟生、公園都市線は横山〜ウッディタウン中央をそれぞれ結んでいる。有馬・三田・粟生線は湊川から神戸高速鉄道南北線に新開地まで乗り入れているので、実際の運転区間としては、有馬線は新開地〜有馬温泉、三田線は新開地〜三田、粟生線は新開地〜粟生、公園都市線は三田〜ウッディタウン中央となっている。なお粟生線などは赤字であり、廃止も検討されているので、乗りに行って未来へ残していきたい。小ネタとしては、鵯越〜鈴蘭台に菊水山という休止駅が存在する。2004年に営業休止されたのだが、直前の利用記録が8/日という超秘境駅であった。現在もホームは残されており、道路も通じている(はず)である。
神鉄撮影メモ
神戸電鉄線について簡単に説明してきた訳だが、別添えの神鉄の車両についての文章に関連して、特殊編成を少し挙げさせていただく。神戸電鉄の基本は4または3であり、製造当初は2や単車が存在した1000形列が特殊編成を組んでいる。1000形+1150形の4、1000形+1100形の4連が特殊編成である。1000形は単車の両運転台の3ドア車、1100形は3連の2ドア車、1150形は3連の3ドア車、1300形は2連の3ドア車、1500形は3連の3ドア車、となっており、主な1000形列の4連は1300形の2+2の4連であるが、ごくまれに1000形+1100or1150形の1+3の4連が見られる。1000形は貴重車種なので記録はお早めに。

高2B組 コーチ 神戸電鉄の車両
神戸電鉄の車両は現在1000系1100系1300系1500系2000系3000系5000系6000系6500系が現在運用しています。現在の1000系は3扉単車ですが片方の運転台が撤去されているので単独走行ができません。1100系は2扉車です。2000系と5000系は車体が一緒ですが走行機器がことなります。6000系は車内が阪急の車両のように豪華でした。車両と車両間の貫通扉が自動扉でした。今は旧型車両と新型車両がどっちも走っているのでいま乗りに行くと楽しいです。

卒業生 ユーキ
有馬温泉は、兵庫県神戸市にある温泉地で、道後温泉、白浜温泉とともに日本三古湯の1つとして知られている。日本三名泉や、枕草子の三名泉にも数えられ、名実ともに日本を代表する名泉の一つである。瀬戸内海国立海洋公園の区域に隣接する。神戸市にありながら山深く六甲山地北側の紅葉谷の麓の山峡にある温泉街で、古くより名湯として知られ多くの人が訪れている。温泉街は標高350m〜 500mに位置しており、かなりの急斜面にあり、街中を通る道も細い。大きな旅館やホテルは温泉街の周辺や少し離れた山麓、山中にある。公的な外湯は「金の湯」(金泉)、「銀の湯」(銀泉)があり、観光客や下山客でにぎわっている。

2016-12-27

2016年12月27日(火)

藤沢駅―(東海道本線)―熱海駅―(東海道本線)―興津駅―(東海道本線)―掛川駅―(東海道本線)―豊橋駅―(東海道本線)―名古屋駅―(関西本線)―亀山駅―(関西本線)―加茂駅―(関西本線・大阪環状線)―大阪駅―(神戸線)―神戸駅

鉄道研究部冬期合宿では、京阪神の電車を見学することになりました。藤沢駅に集合し、青春18きっぷを使って神戸を目指しました。東海道本線快速アクティーが、部員たちを乗せ、西へ西へと突っ走りました。部員たちは、伊豆急電車、天竜川や琵琶湖、東海道本線と競争する名鉄特急などを眺めながら、東海道本線を乗り継ぎました。いつもは、豊橋駅―大垣駅間、米原駅―大阪駅間で東海道本線の新快速に乗るのですが、今回の合宿では関西本線に乗ってみました。名古屋駅で東海道本線を降り、きしめんを食べ、高山線の特急「ワイドビューひだ」や中央本線の特急「しなの」などを撮影してから、関西本線の快速電車に乗りました。近鉄電車と並走しながら、木曽川や揖斐川を渡り、桑名駅、四日市駅を過ぎ、終点の亀山駅に着きました。亀山駅で2両編成の気動車に乗り換えました。気動車が、山並みの単線をどんどん登って行きました。加茂駅に到着すると、大阪環状線直通の大阪行き区間快速電車に乗り換えです。いよいよ大阪の通勤電車です。部員たちは、関西本線に乗るのは初めてなので、車窓から奈良駅に停車している103系普通電車や大阪環状線直通の区間快速電車などをパチパチ撮影していました。大阪環状線に乗り入れると、ユニバーサルスタジオ直通の電車とすれ違いました。前に来た時はハリーポッターでしたが、今日はハローキティやスヌーピーのラッピングでした。大阪駅は、ガラス張りのたいそう立派な駅舎で、部員たちが「すげー。」とか言って、駅の様子を写真に撮りました。最近、大阪環状線に投入された新型車も見られました。「今度、大阪に来る時には、みんなこの車両になっているのかな?」という話題になりました。私たちは、大阪駅発の新快速に乗り、神戸を目指しました。新快速は、120km/hのスピードで走り、あっと言う間に神戸に到着しました。部員たちは、疲れた様子もなく、「神戸の夜景を見たい。」とやっていました。明日は、いよいよ京阪神圏の電車の撮影だ。

高1C組 おーちゃん 東海道本線
東海道本線はJR東日本、東海、西日本の3社にまたがっていて589.5kmと長い路線になっています。その中でもJR東海の東海道本線を紹介します。JR東海の東海道本線は静岡地区、名古屋地区と分かれており、静岡地区は普通、特急のみで普通列車は混雑緩和のため、ロングシートとなっています。名古屋地区は特急、特別快速、新快速、快速、区間快速、普通と種別が豊富で転換式クロスシートの313系0番や通勤列車の中でもトップクラスの乗り心地を有する313系5000番台がいたり編成両数が多いなど鉄道ファンや旅好きにとっては愛されている地区です。特急はしらさぎ、ワイドビューひだなどです。静岡地区は何故普通のみかと言うと新幹線や東名高速道路があるため快速を作っても寿命があるかあやふやなので普通のみかと思います。しかし18きっぷシーズン(春、夏、冬)の期間にムーンライトながらという夜行臨時快速列車があるので静岡地区苦手な人や安く遠くへ行きたい人にはもってこいの列車です。しかし夜行とついていますがベットやシャワー、コンセントがあるわけではないので事前に調べて利用するのが一番です。特急列車はワイドビューふじかわです。JR東海の東海道本線は大体が313系です。313系は0番台、300番台、1000番台、1100番台、1300番台、1500番台、1700番台、2300番台、2350番台、2500番台、2600番台、3000番台、3100番台、5000番台、5300番台、8500番台となっています。他にも211系や311系がいます。乗ってみるときは是非313系の番台や静岡地区と名古屋地区との違いを見つけたり感じてみてはいかがでしょうか。

高1A組 ハヤト 関西本線について
関西本線は、愛知県の名古屋と大阪府のJR難波の間を亀山、奈良経由で結ぶ路線である。1895年に関西鉄道によって名古屋〜木津間が、1892年に奈良〜湊町(今のJR難波)が大阪鉄道により、1896年に奈良〜木津間が奈良鉄道によってそれぞれ開通し、その後買収、ルート変更を経て現在の路線が完成した。名阪間の最短ルートであることから、今の東海道本線である官設鉄道と激しく争いあった。1907年に関西鉄道が国有化されこの争いは終わり、代わりに現在の近鉄に当たる参宮急行電鉄や大阪電気軌道が当路線に並行して延伸し、こちらと乗客争奪戦が行われるようになった。近鉄に先立って名古屋〜湊町間に後に急行「かすが」となる直通列車が運行開始したが、晩年は名古屋〜奈良の運転であり、2006年に廃止、現在は全線を直通する列車はない。現在の運行は、JR東海区間である名古屋〜亀山、JR西日本の非電化区間である亀山〜加茂、JR西日本の電化区間である加茂〜JR難波の3つに分かれる。名古屋〜亀山間は、日中は1時間あたり名古屋〜四日市間が、快速が2本(亀山発着と鳥羽発着「みえ」が各1本ずつ)、普通列車が2本、四日市〜亀山間はこの区間は各駅に止まる快速1本での運転であり、ラッシュ時は区間快速や桑名発着の普通列車も運転される。また、名古屋〜紀伊勝浦、新宮方面の特急「ワイドビュー南紀」も走る。運転は、313系を中心に211系、快速「みえ」にキハ75系が、特急「ワイドビュー南紀」にキハ85系が使用されている。亀山〜加茂間は路線内で一番の山間区間であり、キハ120系気動車が1〜2両で1時間に1本ほどの間隔で走っている。この区間内にある加太〜柘植間は「加太越え」と呼ばれたかつての鉄道の難所であり、25‰の急勾配があり、スイッチバック方式の中在家信号場や柘植駅には転車台や給水塔もあった。また、伊賀上野〜加茂間は木津川が並行しており、美しい景色を見ることができるが、大雨により運休になることもある。加茂〜JR難波間は、大和路線とも呼ばれる区間で、大阪近郊の色が強い。同じく阪奈間を走る近鉄奈良線は生駒山を新生駒トンネルで突っ切るのに対し、当路線は王寺、柏原、八尾と生駒山の南側を大きく迂回するため、近鉄に比べてかなり遠回りになっている。日中は天王寺から環状線を一周した後に大和路線に入る「大和路快速」が奈良行きと加茂行きが毎時4本である15分おきに交互に、それぞれ30分間隔で走っており、また、JR難波から王寺を経てJR和歌山線の高田駅までの快速が毎時2本、JR難波〜王寺間の普通列車がこちらも15分おき毎時4本運転されている。ラッシュ時には、王寺で奈良方面と和歌山線方面に分割する区間快速、快速列車も設定されている。車両は快速が221系、普通が103系と201系がメインであり、おおさか東線や片町線からの直通列車である207系と321系を除くとVVVFインバータ車が無い。名阪間の最短距離でありながら、新幹線や近鉄電車の陰に隠れる裏ルート。特急の走らないのんびりとした在来線で、たまには別ルートで関西に向かうのも、また新たな楽しみがあると思います。