部活動

鉄道研究部

土曜日の放課後や休日を利用して、鉄道のイベント、鉄道会社の車両基地、車両工場、検車区などを取材しています。イベントで見学したこと、鉄道会社で取材したことを詳しくまとめ、学園祭で展示発表しています。
鉄道研究部公式HP http://www7b.biglobe.ne.jp/~suzuki3309/

部活動・委員会一覧
2017-11-02

2017年11月2日(木)

11月4日(土)にオープンキャンパスが開催されます。小学生たちを招いて、日本学園の授業や部活動を体験していただく日です。鉄道研究部も、部活動体験を実施します。明日は、11月3日、文化の日です。そこで、本日の放課後に、鉄道研究部の部活動体験会場を設営しました。授業が終わってから、会場となる高3B組教室を預かり、早速今年度の日学祭で作った展示会場を再現しました。日学祭で作った展示物を鉄研部室から展示会場に運び、サッと展示しました。部員たちは、日学祭で一度やった手順なので、手早く教室の壁や窓に鉄研の1年間の活動を紹介する模造紙を貼り巡らし、教室の真ん中に鉄道模型を設営しました。明日の文化の日には鉄道模型の試運転をして、オープンキャンパスの日には小学生たちと鉄道模型を走らせたり、鉄道クイズをしようと計画しています。実は、今の鉄研部員の何人かも、小学生の時に日本学園のオープンキャンパスに来ています。鉄研部員一同、大勢の小学生たちを招いて、楽しい一時を過ごしたいと願っています。鉄道に興味のある小学生の皆さん、是非、日本学園鉄道研究部へお越し下さい。

2017-10-08

2017年10月8日(日)

浜松町駅―(東京モノレール)―昭和島駅…東京モノレール車両基地・見学…昭和島駅―(東京モノレール)―
―羽田空港第2ビル駅…羽田空港散策・解散

本日、鉄道研究部は、東京モノレール沿線お散歩1dayパスを利用して、昭和島駅にある東京モノレール車両基地で開催された「東京モノレール祭り」を見学しました。
東京モノレールは、1964年に開業しました。東京都内で東京国際空港(羽田空港)アクセスモノレール路線「東京モノレール羽田空港線」を経営する鉄道会社で、今はJR東日本グループの一つです。
昭和島駅は、昭和島車両基地への職員の通勤利用のため一部の列車が停車するのみでした。1985年2月に乗務区などの現業部門を浜松町から昭和島車両基地へ集約し、基地周辺に工場利用者などの利便促進もかねて設置されました。島式ホーム2面4線を有する地上駅で、東京モノレールの車両基地が併設されています。
開業時は相対式ホーム2面2線の駅でした。2007年3月18日のダイヤ改正で快速が増発され、「空港快速」と「区間快速」に変更されたのに伴い、待避線の使用が開始され、現在の島式ホーム2面4線のホームになりました。主に空港快速が普通を追い抜くのに使用されています。かつて、東京モノレール羽田線(当時)で快速が設定される以前に昭和島駅を通過する普通がありましたが、天王洲アイル駅が開業した1992年6月のダイヤ改正で全列車(当時は普通列車のみ運行)が停車するようになりました。
私達は東京モノレール車両基地に入ると、まず整備工場へ行き、ヘルメットをかぶり、整備中の2000形電車の床下危機を見学しました。SIV静止形インバータ、砂撒器、揺れ枕、断流器、中心ピン、元空気溜など、各装置の役割について解説されていました。次に台車、走行輪や案内輪、台車の部品など、モノレールの台車の仕組みについて見学しました。
次に車両基地を見学しました。電力貯蔵装置の解説コーナーでは、実際に架線から電気を受けてモノレールが走る様に改造されたプラレールが走っていました。部員たちは、その仕組みに興味を持ちました。その隣では、運転士適正検査が行われていました。鉄研部員たちも、即座に色に反応してスイッチを押すテストや、時計を見ずに時間を図るテストに挑戦しました。最後に、昭和島駅ホームから、モノレールの転轍機や各車両を撮影してから、東京モノレールに乗って、羽田空港へ行きました。
昭和島駅を出発すると、直ぐに東京湾を埋め立て作られた羽田空港が視界に広がりました。広大な敷地に、滑走路、格納庫や整備場が点々を見渡せました。東京国際空港は、東京都大田区羽田空港にある日本最大の空港です。通称は羽田空港です。1931年に「東京飛行場」として正式開港以来、現在では羽田空港は世界の空港の中で5番目に旅客数の多い空港といわれています。日本航空と全日本空輸、スカイマークの国内線ハブ空港です。年間の航空機発着回数は約38万4000回、航空旅客数は約6670万人で、それぞれ国内最大。航空貨物取扱量は約84.4万トンで国内第2位。定期乗り入れ航空会社以外のチャーター便やビジネスジェットの乗り入れも行われています。
羽田空港についてから、昼食を食べ、展望デッキで、滑走路を離陸、着陸する飛行機を眺めました。多くの旅客で賑わっていました。最後に第一国内ターミナル、第二国内ターミナル、国際ターミナルを往来するバスを撮影してから解散しました。

2017-10-04

2017年10月3日(火)

横浜駅―(横浜市営バス)―滝頭…横浜市電保存館・見学…滝頭―(横浜市営バス)―横浜スタジアム…横浜中華街・昼食…みなとが見える丘公園…外人墓地…横浜埠頭…日本郵船氷川丸・見学…山下公園…元町・中華街駅・解散

本日は、日学祭の代休です。無事に日学祭を終え、横浜を散策しました。まず、横浜市営バスに乗り、横浜市電保存館へ行きました。横浜市電は、1904年から1972年まで横浜市民の足として活躍しました。横浜市電保存館は、1973年に滝頭車両工場跡地に開館し、その後、1983年には、現在の市営住宅1階に建て直されました。館内には、7両の市電車両、停留所標識、敷石が当時の姿で保存されています。歴史展示コーナーでは、「横浜の発展と交通」をテーマとして、横浜の発展の礎となった吉田新田の干拓から、横浜開港、関東大震災、戦後の復興、横浜市電の最盛期を経て廃止に至る経過、その後の横浜の都市経過の基となる6大事業や地下鉄への移行などについて解説されています。 部員たちは、500型、1000型、1100型、1300型、1600型、1500型、無蓋貨車を次々と撮影した後、多目的コーナーで市電シミュレーターをやりました。
横浜市電保存館を見学した後、横浜市営バスに乗って中華街へ行きました。中が街で中華料理を食べた後、港が見える丘公園、外人墓地や洋館を見学しました。
最後に、山下公園まで歩き、日本郵船氷川丸を見学しました。氷川丸は、1930年にシアトル航路用に建造された貨客船です。1920年頃より、欧米が投入した大型船に対抗して、当時の最新鋭の船として竣工しました。戦時中は海軍特設病院となり、敗戦まで3回も触雷しましたが沈没を免れ、戦後は貨客船となり、1953年にシアトル航路に復帰しました。船齢30年に達し第一線を退くまでに、太平洋横断254回、船客数は25000余名と活躍しました。1960年に引退した後、1961年より山下公園の前に係留保存され多くの人々に親しまれてきました。部員たちは、一等食堂、一等読書室、一等社交室、一等喫煙室、一等客室、一等特別室などを見学し、レトロで豪華な造りに感激しました。船長室、操舵室、機関室などを興味深く見て回っているうちに、閉館時間となりました。氷川丸から出ると、もう夕方になっていました。今日1日楽しく過ごしました。

2017-10-02

2017年10月2日(月)

昨日、日学祭が終わりました。多くのお客様に来校していただき、最後に中庭お祭り広場で行われたフィナーレが、凄く盛り上がりました。鉄道研究部の展示会場も、大勢の方々に見学していただきました。教室の真ん中に設営した鉄道模型が大盛況で、大勢の子ども達が遊んでくれました。日学祭に参加した甲斐がありました。
今日は日学祭翌日、9時より一斉片付けの日です。鉄道研究部員一同、クラス企画のチーフや日学祭実行委員なので、クラス展示の片付けが終わってから、鉄建会場を片付けようと約束をしていました。9時30分を過ぎた頃こら、クラスの仕事を片付けた部員達、日学祭実行委員の部員達も仕事の合間をぬって、次々と鉄研会場に集結しました。先に、模造紙を貼り巡らした薄いベニヤ板、次に鉄道模型のレイアウトを乗せた厚いベニヤ板を鉄建部室の奥の棚にのせ、鉄研部室を整理しました。そして、1年間の部活動をまとめた模造紙をしまい、その後次々と鉄道模型や展示物を部室に整理しながら運び込みました。
最後に教室を清掃し、机、椅子を綺麗に並べ、鉄研展示会場として預かっていた高校2年D組担任の先生に教室を引き渡し、無事に学園祭終了となりました。今年も忙しい日学祭でしたが、部員達は楽しく取り組めたようです。「うひゃ〜。また明日から授業だよ〜。」とか言いながら、部員達が通常授業へ向けて帰って行きました。

2017-09-30

2017年9月30日(土)

本日は日学祭、日本学園の学園祭初日です。鉄道研究部も展示会場を設営し、1年間の鉄道研究部の活動について展示をしました。教室の真ん中に、鉄道模型、Nゲージのレイアウトを設営しました。8系統の線路を組み、その中の6系統の線路を走る電車を、同時に6人のお客さんに運転していただくようにしました。これが好評を博し、大勢の子供たち、小学生が遊びに来てくれました。保護者の方々は、模造紙に描かれた1年間の活動を熱心に見て下さりました。部員たちは、クラス企画や日学祭実行委員の仕事に東奔西走していましたが、時間を見つけては、鉄研展示会場に駆け付け、お客さんに展示の案内をしていました。明日も、大勢の子供たちが鉄研展示会場に来て下さるよう願い込めて、線路の上に電車を並べ解散しました。

2017-09-29

2017年9月29日(金)

9月30日(土)、10月1日(日)は、日学祭。日本学園の学園祭です。鉄道研究部の部員達も、この日のために、1年間の活動、車両工場で取材したことや鉄道イベントで見学したことについてまとめました。鉄道研究部員一同、多くのお客様を招いて、子ども達、小学生や中学生達と一緒に鉄道模型を走らせて遊ぶのを楽しみにしています。が、主力の高校3年生は、日学祭実行委員、他の部員達は中学企画やクラス企画の展示に大忙し。明日の鉄研展示、本当に大丈夫か? いや、みんなで力を合わせて乗り切ろう!

2017-09-27

2017年9月27日(水)

9月30日(土)・10月1日(日)に日学祭が開催されます。日本学園の学園祭です。各団体、この日に向けて準備をしてきました。本日の放課後、教室引き渡しが行われました。鉄道研究部は、高校2年D組教室を展示会場として預かりました。早速、鉄道研究部の部室から、1年間の活動、車両基地の取材や鉄道イベントの見学についてまとめた模造紙、鉄道模型、ベニヤ板を展示会場に運びました。そして、一気に教室中に模造紙を張り巡らし、教室の真ん中に鉄道模型のレイアウトを設営しました。活動報告集は、3年分用意しました。明日から2日間、学園祭準備期間です。が、鉄道研究部の部員達は、日学祭実行委員やクラス企画係になっていて、準備期間中は激しく忙しいらしい。とにかく、今日中に出来る限りの準備をしました。後は、展示会場の細部を確認し、入れ替わり立ち替わり、時間のある部員達で最後の仕上げです。良い学園祭になります様に。

2017-09-18

2017年9月18日(月)

本日は、食堂に集合し、学園祭に向けて鉄道研究部の活動報告集を製本しました。2016年10月から2017年9月まで、鉄道研究部が検車区や車両基地を取材して学んだこと、鉄道を利用して旅行をしたことについてまとめました。昨日は台風の影響で雨が降り、印刷をするのが大変でした。雨が降って湿度が高い日は、微妙に紙が湿っているのか、片面を印刷した後、暫く乾かしてからゆっくり裏面を印刷しないと、両面印刷が上手くいきません。何とか昨日中に印刷が仕上がり、本日食堂のテーブルを利用して製本作業をしました。テーブルに次々に印刷物を重ね、最後に落丁を確認しながらホチキス止めをしました。この落丁の確認に手間がかかりました。何とか、今日中に活動報告集の製本作業を終らせました。活動報告集を、学園祭で配布するほか、取材などでお世話になった方々へも郵送しまします。いよいよ、学園祭まであと11日ほど。あとは、展示会場のデザイン。

高2C組 ヨッスィー 鉄研部長 現在、鉄道研究部では来る文化祭に向けて、様々な展示物を作成しています! 毎年発行している活動報告集や、合宿などの活動を写真とともに展示した模造紙コーナーなどに加え、レイアウト展示が進化! 鉄道だけではなくバスも仲間に加えて、ちょっぴり新しくなった鉄道研究部。鉄道好きの皆さんだけでなく、旅好きやバス好きの方々もお待ちしております。
高3B組 コーチ 鉄道模型以外にもバス模型も展示予定なので、バス好きの人も来てください。
高1C組 トシ 鉄道に興味のある方。楽しいので、是非来て下さい。
高1D組 リョー 鉄道研究部では、Nゲージの運転が出来ます。楽しいので、是非来て下さい。

2017-08-23

2017年8月23日(水)

9月30日(土)〜10月1日(日)に学園祭が開催されます。鉄道研究部も、1年間の活動で体験した事、学んだ事について展示をします。2学期が始まると、学園祭に向けて、生徒会、各委員会、クラス企画の準備と忙しくなるので、今のうちに鉄道研究部の準備です。が、どいつもこいつも、夏休みの宿題が終わらず、集まりが悪い。早くも修羅場の予感が。

2017-08-04

JR三江線に乗って山陰へ 一畑電車に乗って出雲大社へ 2017年8月3日(木)

旅館松見楼…三次駅―(三江線)―江津駅―(山陰本線)―出雲市駅―(一畑電鉄)―出雲大社前・見学―(一畑電鉄)―松江しんじ湖温泉―(松江市営バス)―松江駅―(伯備線 特急やくも)―岡山駅―(山陽本線)―姫路駅―(山陽本線・東海道本線 新快速)―米原駅―(東海道本線)―大垣駅―(東海道本線 夜行ムーンライトながら)―豊橋駅

昨日の夜、「明日は、三江線に乗ります。」と旅館の方にお話をしたら、「5時38分発ですね。今のうちに会計を済ませましょう。」と言われました。三次駅5時38分発三江線浜田行き列車を利用する人は、結構多いようです。私たちも、2018年に三江線が廃線となる事を聞きここまで来ました。朝、5時過ぎに旅館から三次駅へ向かうと、写真機やビデオを持った鉄道ファンの方々がどんどん集まってきました。
三次駅を出発して約1時間、島根県に入った所にある口羽駅に28分停車しました。口羽駅は、島式1面2線のホーム、交換設備を有する地上駅です。1963年6月30日、三江南線が式敷駅から延伸した際の終着駅として開業しました。1975年8月31日、口羽駅から三江北線浜原駅までの区間が開業し、江津駅―浜原駅―口羽駅―三次駅間を結ぶが現行の「三江線」となました。口羽駅の近くに、三江線全通記念の石碑と蒸気機関車の動輪が置かれていました。出発までの約30分間、気動車に一緒に乗ってきた皆さんは、交換して三次駅へ出発する気動車や口羽駅の様子を撮影しました。
次に、宇津井駅で撮影しました。宇津井駅は、三次方面に向かって左側に単式1面1線のホームがある高架駅です。ホームと待合室が地上20mの高さにあり、高さとしては日本一です。「天空の駅」と呼ばれることもあります。ホームに上がるには、116段の階段を登ります。宇津井駅で、皆で写真を撮りました。
三江線は、江の川に沿う絶景の中をゆっくり走るので、三次駅から江津駅までの約108kmの道のりに約4時間かかるのですが、景色を眺めていると飽きませんでした。千金駅を越えると、江の川の川幅が急に広がり、視界が開け、江津駅に到着しました。
江津駅から山陰本線普通電車に乗って、出雲市駅を目指しました。左川の車窓に青い日本海が綺麗に見渡せました。部員たちは、今日のこの時間帯は山陰本線出雲市付近のどこかに「瑞風」が来ているとの情報を得、車窓から「瑞風」を探しました。TWILIGHT EXPRESS 瑞風は、JR西日本が2017年6月17日から運行開始した周遊型臨時寝台列車(クルーズトレイン)です。部員たちは、西出雲駅手前で、車窓右手に見える後藤総合車両所出雲支所に「瑞風」が止まっているのを発見しました。工場棟からわずかに見える「瑞風」の前後の部分だけ撮れました。
出雲市駅から一畑電車に乗り、出雲大社前駅へ行きました。出雲大社前駅は、1930年に開業した出雲大社の最寄駅です。頭端式ホーム1面2線がある地上駅です。駅舎は西洋建築で、ステンドグラス風の窓がはめこまれています。1996年に国の登録有形文化財建造物として登録されました。また2009年には経済産業省より「近代化産業遺産群 続33(大衆観光旅行)」の一つとして近代化産業遺産に認定されています。かつては駅舎の中央上部に塔がありました。
私たちは、出雲大社駅に保存されているデハ二50を撮影しました。デハニ50は、1928年にクハ4として製造されましたが、翌年には電装化を行いデハニ52に変更されました。2009年のさよなら運転以降、営業用として本線を走ることは無くなりましたが、現在でも車籍が残されています。この電車は、映画「RAILWAYS」のロケに使用されました。客室と荷物室、運転室の仕切りも残されています。運転台も見学出来ます。
出雲大社駅を見学した後、一畑電車に乗り、松江しんじ湖温泉駅へ向かいました。途中、川跡駅の乗り換えで、京王5000系のリバイバル塗色車を撮影し、雲州平田駅で車庫、一畑口駅ではスイッチバック方式の駅を撮影しました。湖遊館新駅から終点の松江しんじ湖温泉駅までの間、車窓の左手に宍道湖の雄大な景色が続きました。
松江しんじ湖温泉駅から松江市営の循環バスに乗り、松江城などを眺めながら、松江駅へ行きました。松江駅から伯備線特急やくもに乗って岡山駅へ向かいました。米子駅でJR境線を行き来する「鬼太郎列車」を見てから、米子駅を出発すると、車窓の前方にとても大きく大山が見えてきました。伯備線は、日野川や高梁川に沿って中国山地を縦断する路線ですが、三江線とは違い鉄橋やトンネルが多く、「特急やくも」が振り子式電車で、三江線に比べかなり速度の速い運転でした。渓谷を走り抜け、あっと言う間に倉敷に出ました。
岡山駅で四国と本州を行き来するマリンライナーとかを眺めながら一休みしました。普通電車で姫路駅向かいました。明石で日が沈むと、車窓の右手に、ライトアップされた明石海峡大橋が綺麗に見えました。姫路駅で新快速米原行きに乗り換えると、新快速はさすがに早い。三ノ宮、尼崎、大阪、高槻、京都と米原へ向かってビュンビュン飛ばしていきました。部員たちは、大阪の夜景を眺めながら、岡山駅で買った駅弁を食べました。
大垣駅の駅前にあるコンビニでジュースや軽食を買って「ムーンライトながら」に乗りました。全列車が定時に動いてくれたおかげで、予定通り夜行列車に乗れました。部員たちは、岐阜から東海道本線と並走する名古屋鉄道を車窓から眺めていましたが、豊橋に着く頃には、疲れたのかバタバタと眠りにつきました。

高2B組 タクヤ 三江線
江の川に沿って走行し、全線の中で江の川を7回渡る。そのうち、日本鉄道建設公団が高規格で直線的に建設した浜原〜 口羽間には3回ある。江の川は宇都井駅付近から作木口駅南方にかけて遡る区間で南西側の島根県 邑南町と北東側の広島県三次市の県境になっていて駅の前後で左岸に渡る橋がある伊賀和志駅は島根県に挟まれた広島県内の駅となっている。
宇都井駅は山に挟まれた山間部分にトンネルとトンネルを繋ぐ形で架けられた高架上、地上20mにホームがあるという特異な構造であり「ホームが日本一高い場所にある駅」として紹介されることがある
三江線では、並走する江の川の堤防を横切って走っているところが数か所ある。江の川が増水した時そこから住宅街などに増水した河川の水が流れ込み、浸水する恐れがある。そのため国土交通省浜田河川国道事務所が管理する陸閘とよばれる水門が5か所設置されている。陸閘とは、線路を巨大な水門で締め切ることで浸水を防ぐ設備である。水防待機の際には三江線の線路閉鎖を行い、国土交通省職員もしくは浜田鉄道部の職員が陸閘の操作を行う。陸閘は車窓から見ることができる。
使われている車両は基本的に浜田鉄道部のキハ120形気動車による1両編成の運転であるが、2016年7月20日修正ダイヤでは、江津駅始発列車と当該の三次駅折り返し列車が2両編成での運転となっている。
キハ120形は1996年6月1日から運用を開始した。

高2A組 ハヤト 山陰本線
山陰本線は、京都駅より城崎温泉、鳥取、米子、松江、出雲市、萩を通って山口県下関市、山陽本線の幡生駅まで至る路線である。支線には長門市から仙崎まで走る、通称仙崎支線が存在する。
2002年に東北本線の盛岡〜八戸間が東北新幹線八戸延伸に伴い第三セクター化されたことにより、東北本線の営業距離が山陰本線の営業距離を下回り、現在在来線としては日本最長となっている。
京都〜城崎温泉と伯備線直通列車が乗り入れる伯耆大山〜出雲市以外は電化されておらず、複線区間も一部のみであり、多くの区間が単線非電化である。
並行する新幹線がないため様々な特急列車が運行している反面、全線を走破する優等列車が設定されたことは今までに一度もない。これは、山陰の東西の移動よりも、山陰各都市から山陽新幹線の駅への連絡を重視したことによる。現在走る特急列車は、関西地区と北近畿を結ぶ電車による特急列車が京都〜綾部間で特急「まいづる」(綾部から舞鶴線東舞鶴駅まで乗り入れ)、京都〜福知山間で「はしだて」(福知山から北近畿タンゴ鉄道天橋立駅まで乗り入れ)、京都〜城崎温泉間で「きのさき」、福知山〜城崎温泉間で「こうのとり」(新大阪始発福知山線経由)が運転されており、その他気動車特急が和田山〜鳥取間で「はまかぜ」(大阪始発神戸線、播但線経由)、鳥取〜益田間で「スーパーまつかぜ」「スーパーおき」(スーパーおきは益田から山口線経由で新山口駅へ乗り入れ)がそれぞれ運転されている。また、陰陽連絡特急として岡山より伯備線を経て伯耆大山〜出雲市間で山陰本線を走る「やくも」、京都より東海道本線、山陽本線、智頭急行線を経て智頭〜倉吉間で山陰本線を走る「スーパーはくと」がそれぞれ岡山と姫路で新幹線に接続している。また、伯備線を経て出雲市まで向かう列車は「やくも」以外に東京から乗り入れる寝台特急「サンライズ出雲」がある。「いそかぜ」寝台特急「出雲」など、利用客低迷による廃止、車両置き換えや編入による名称変更された優等列車も数多く存在する。
「全線を直通する優等列車が一度も存在しない」と前述したものの、国鉄時代はかなり長距離を走る普通列車が運転されており、日本各地で長距離普通列車が削減されていた昭和50年代、1982年に日本一の距離を走る普通列車が九州の門司を朝の5時半に発ち下関より山陰本線に入り18時間半をかけて福知山に至る「824列車」となった。現在そのような長距離・長時間走る普通列車はなく、園部、福知山、城崎温泉or豊岡、浜坂、鳥取、米子、出雲市、益田、長門市等で運行が分断されている。
関西〜九州を結ぶルートは山陽本線、山陽新幹線であるが、列車から見える綺麗な日本海を始め、鳥取砂丘や出雲大社など、見所はたくさん。一度訪れてみるのも良いのではないでしょうか。

高2B組 タクヤ 一畑電車
7000系
一畑電車として86年ぶりとなる新造車両で JR四国の7000系をベースに、電気機器はJR西日本225系を流用することでコスト削減が図られています。
保有車両としては最大長の車体はステンレス鋼体を採用し、一般公募により、白を基調とした車体に「出雲の風景」をデザインテーマとしたフルラッピングが施されました。
座席配置は2人掛けボックス席とロングシートをセミクロス配置とすることで、地元客・観光客どちらでも対応でき、扉への点字シール、中間部への車椅子スペースの設置、さらに英語表記対応などを取り入れ利便性を高めています。
その他VVVFインバーター制御、回生ブレーキ、LED照明などの採用になり、使用電力の削減を図ることでコスト・環境負荷の軽減を図っています。
1000系
元東急電鉄 1000系です。1988年〜2013年まで、東急電鉄・東横線と東京メトロ・日比谷線の直通運転で活躍していましたが、東京メトロの副都心線開通に伴い、日比谷線の直通運転が終了したため、車両が余剰となりました。
一畑電車には中間車を改造して運転席を作り、ワンマン化して2014年に入線しました。また、「ステンレス車体」「ワンハンドルマスコン」「シングルアームパンタグラフ」「インバーター制御」など、今までの電車にはなかった初めての性能をたくさん持った電車です。
運行開始にあたって、デハ二50形と同じ、オレンジに白帯のカラーにラッピングをしています。 また、同じ種類の電車は、東急電鉄の池上線・多摩川線、長野県の上田電鉄・三重県の伊賀鉄道でも活躍しています。
5000系
1998(平成10)年に入線した、元京王電鉄5000系の車両で座席の一部は転換式クロスシートになっています。
5009号・5109号車は2014年に、車内を島根県産材を多用した木質化改造を行ない、木の温もりを感じられる車内になっています。 京王電鉄と一畑電車では線路の幅が異なるため、台車を営団地下鉄(現・東京メトロ)のものに付け替えて使用しています。
2100系
京王電鉄に所属した元京王5000系の車両で1963年〜1969年にかけて製造され、通勤電車としては日本で初めて冷房を導入した車両です。「関東の名車」と言われ性能やデザインの良さからデビューの翌年には鉄道友の会から「ローレル賞」を受賞しています。
一畑電車へは1994年に入線、ワンマン対応の改造を受け走り始めました。京王電鉄と一畑電車では線路の幅が異なるため台車を営団地下鉄(現・東京メトロ)のものに付け替えて使用しています。一畑電車にとっても初の冷房車導入となりました。
富士急行、伊予鉄道、高松琴平電鉄でも出自を同じくする兄弟車が活躍しています。
一畑電気鉄道創業100周年を記念して、2101・2111号車を旧京王電鉄のカラーに、2102・2112号車を旧一畑電鉄カラーに再塗装を行ないました。
2103・2113号車は、2013年に白を基調としドアをオレンジ色のデザインにし、内装も2103号車をイベント対応車として、宍道湖をはじめとする風光明媚な沿線風景を車窓から楽しめるよう座席配置を従来の通勤型ロングシートから、宍道湖側に向けて固定できる二人掛けソファー型シートに変更しました。内装には本木材や木目調デコラを多用し暖かみのある仕様とし、ビール電車、ブライダルトレイン等の各種イベントや、定期列車としての運用にも対応できることを基本とした設計となっています。
2104・2114号車は2013年に島根県がスポンサーとなり「ご縁電車・しまねっこ号」としてラッピングを行ないました。車両外観、内装ともにピンクを基調にし、島根県観光キャラクター「しまねっこ」をはじめ、「しまね」にちなんだ8つのモチーフしめ縄・銅剣・銅鐸・水引・雲・勾玉・ウサギ・ハートが描かれています。

高2C組 ヨッシー 特急やくも
特急やくもは1972年の山陽新幹線岡山開業にともない山陰地方へのアクセス特急として運用を開始した。
1982年より電車化され現在の381系電車による運用に変更された。
1994年より速達列車はスーパーやくもとして区別されていたが、2006年の改正によりやくもに統一された。
数少ない国鉄型特急車、さらに振り子式特急のやくもを是非体感してみては?

「ムーライトながら」で帰京 2017年8月4日(金)

豊橋駅―(東海道本線 夜行ムーンライトながら)―東京駅―(中央線)―新宿駅・解散

ふと目が覚めると、車内に乗り換え案内の放送が流れ、周りのお客さんたちが慌ただしく荷物を整理していました。もう横浜駅でした。私たちも忘れ物が無い様に身の回りを確認していたら、あれよあれよと言う前に、品川駅に到着。あっと言う間に終点東京駅に到着しました。部員たちは、晴天に恵まれ良い合宿が出来たことにほっとしましたが、合宿のレポート作りと学園祭の準備の打ち合わせと、これから9月まで暫くの間忙しい事を確認し、新宿駅で解散しました。

高2A組 ハヤト 夏期合宿の感想
今回の合宿参加人数は5人と少人数でしたが、とても楽しい合宿で、また、相鉄の甲種輸送や瑞風を見られるなど、運にも恵まれた合宿だと思います。
初日、ムーンライトながらを降り立ち、相鉄の甲種輸送を撮影した後は東海道、山陽本線を西へ西へと進み、宮島、厳島神社を見学。2日目は広島電鉄の工場見学と全線制覇、貸切運転、原爆ドームの見学もしました。3日目は今年度に廃止される三江線に乗った後、日本海の眺めが美しい山陰本線、伯耆大山を眺める伯備線を経て帰京しました。関東が曇天の中、西日本は晴天にも恵まれ、いつも以上に密度の濃い合宿になったと思います。次の冬合宿も皆で楽しめるものにする所存です。最後に、工場見学をさせていただいた広島電鉄さん、ありがとうございました。