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鉄道研究部

土曜日の放課後や休日を利用して、鉄道のイベント、鉄道会社の車両基地、車両工場、検車区などを取材しています。イベントで見学したこと、鉄道会社で取材したことを詳しくまとめ、学園祭で展示発表しています。
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2018-03-25

伊予鉄道に乗って松山を散策

伊予鉄道に乗って松山を散策 2018年3月24日(土)

ホテル…広島駅―(広島電鉄)―広島港―(瀬戸内海汽船)―松山観光港…高浜駅―(伊予鉄道高浜線)―古町駅・撮影―(伊予鉄道高浜線・横河原線)―横河原駅―(伊予鉄道横河原線・郡中線)―郡中港―(伊予鉄道郡中線)―松山市駅―(伊予鉄道市内線)―道後温泉駅―(伊予鉄道市内線)―JR松山駅…ホテル・宿泊

本日、鉄道研究部は、広島港から瀬戸内海汽船に乗り松山へ行きました。松山観光港行きのフェリーは、途中呉港に寄港しました。海側から呉港に停泊する船や造船施設を眺めました。倉橋島と本州の間にある音戸瀬戸でゆっくりと橋を潜りました。その後、真っすぐ松山を目指しました。沢山の船が往来していました。天気が良く、海が穏やかで、船は殆ど揺れませんでした。
松山観光港から興居島の景色を眺めながら、海沿いに伊予鉄道の高浜駅まで歩きました。高浜駅から伊予鉄道に乗り、古町駅へ行きました。古町駅は、伊予鉄道の路面電車である市内線と鉄道線である高浜線の結節点です。大きな車両基地があり、路面電車と高浜線が平面で交差します。路面電車や郊外電車が行き来する古町駅で伊予鉄道を見学しました。
古町駅を見学した後、伊予鉄道横河原線や郡中線に乗りました。松山の市街地は、なかなか広く、伊予鉄道の沿線には、マンションが点々と建ち並んでいました。伊予鉄道郊外電車の三線と市内線が集まる松山市駅は、松山市中心の繁華街にあり、伊予鉄道の利用客が凄く多いなと感じました。
鉄研部員たちは、市内線に乗り、松山市駅から道後温泉駅へ向かいました。車内は、多くのお客さんで賑わっていました。坊ちゃん列車も2編成が、松山市駅と道後温泉駅を行き来していました。坊ちゃん列車の客車を牽引する蒸気機関は、車体自体にジャッキアップ装置が付いていて、松山市駅と道後温泉駅で転車出来る様になっていました。
道後温泉駅からお土産物店が立ち並ぶアーケード街を10分ほど歩くと、道後温泉の浴場に着きました。凄い数のお客さんで、大盛況となっていました。
部員たちは、伊予鉄道の1Dayパスを利用して、松山の町を散策しました。

高1D組 リョー 松山について
松山市は、愛媛県のほぼ中央にある松山平野に位置しています。
松山市の気候は温暖な瀬戸内海気候で、年平均気温16.5度です。年間降水量は約1300mmで、6月に多く12月に少ない夏雨型となっています。全体に降水量は少なめで、積雪もごく少量、台風の通過も太平洋側の高知県や徳島県に比べれば少なく、穏やかで恵まれた気候条件です。
松山市は、北西部の瀬戸内海に浮かぶ中島から高縄山系のすそ野の平野を経て、重信川と石手川により形成された松山平野へと広がっています。
松山市は、明治6年愛媛県庁が設置され、県都となり、明治22年12月15日市制を施行以来、政治・経済の中心都市として成長し、また、俳人正岡子規をはじめ、多くの文人を輩出するなど地方文化の拠点としての役割を果たしてきました。昭和20年、市街地の大部分を戦災により焼失しましたが、今日では総合的な都市機能を備え、平成12年4月には中核市へと移行し、平成17年1月には北条市・中島町と合併し四国初の50万都市となりました。

高3B組 コーチ 伊予鉄郊外線について
伊予鉄郊外線には3路線あり高浜〜松山市までが高浜線、松山市〜横河原までが横河原線、松山市〜郡中港までが郡中線である。
高浜線は全線600Vでラッシュ時最大4両編成の列車が走ります。終点の高浜港から松山観光港まで延伸計画あるが、現在は連絡バスが運行しています。ちなみに高浜駅は映画「真夏の方程式」で波瑠ヶ浦駅として登場しました。
横河原線は全線700Vでほとんどの列車が高浜線に直通運転しています。
郡中線は郡中港まで伸びる全線700Vの路線でかつては貨物扱いもしていました。かつては伊予立花駅からぶんきする森松線もありました。椿祭の開催日は臨時列車が出るほど賑わっていましたが普段は空気輸送状態でした。
車両は現在700系、610系、3000系の3種類がいます。
700系は110系、120系の置き換えのために導入された、元京王5000系で京王重機整備で改造のうえ3両編成7本、2両編成2本が在籍しています。足回りはモハ710形とモハ720形の内5両は東武2000系足回りで残りの3両は小田急2220形の足回りをつかっています。クハ760形は車軸交換してやり過ごしました。
朝ラッシュ時は3両で走りラッシュ後松山市で切り離し1両で小町の車庫まで回送します。
現在3両編成9両が廃車されそのうち2両が伊予鉄に譲渡されました。
610形は久々の自社発注車で2両編成2本が在籍います。ボディーは東武20000系に準じたアルナ工機製のステンレス車体で足回りは東武2000系のものを採用しています。足回りは700形と同一なので併結運転できると思いますがサービス機器が異なるためその様な運用はされていません。
3000系は800系と700系の一部を置き換えるために導入された車両で京王時代にすでに更新工事を施工いた編成が譲渡の対象でした。3両編成10本が導入されました。京王時代は界磁チョッパ制御でしたが譲渡される際にIGBT素子のVVVFインバータ制御に交換されています。ちなみに京王3000系の中間車も譲渡されたのは伊予鉄だけです。かつては800系や600系なども在籍していました。
800系は同時期に廃車になった初代1000系の台車や主制御などを取り付け軌間変更に対応した。そしてこれが京王重機整備による中古車両改造・譲渡の第1号です。
入線時はモハ-サハ-モハでしたが運用の効率化のためサハの高浜・郡中港よりに京王5000系に準じた運転台を京王重機整備の出張工事で実施されました。これやなより片側のモハを外して2両編成で走ることができるようになりました。2010年にさよなら運転を行いその内4両が千葉県の銚子電鉄に譲渡されました。
600形は高浜線開業70周年記念に高浜線専用車として2両編成1本が導入されました。その後輸送力増強のため、路線の地下化に伴う車両交換のため余剰になっていた長野電鉄モハ1102を改造しモハ603として3両編成になりました。
この時、高浜よりのモハ602を中間車に改造されています。ちなみに高浜線のホームは低かったので導入時はステップがついていましたがホームの嵩上げに伴い撤去されました。
その後は横河原線でも運用できるようになりましたが、高性能車でありながら非冷房であり末期は電気部品の不調が相次ぎ次第にニートレインなり610系に置き換えられるかたちで引退しました。引退後はモハ603は解体され残ったモハ601とモハ602は小町の車庫で倉庫として放置されていました。一時は保存計画もありましたが残念ながら3000系導入伴う車庫内の線路確保のために解体されてしまいまいた。時代に振り回され人知れず消えてった車両でした。
このように京王色強い車両が沢山いる伊予鉄です愛媛に来た際は是非乗ってください。
また引退した800形や700形に乗りたい方は銚子電鉄も合わせてご利用ください。

高2C組 ヨッスィー 伊予鉄道 松山市内線について
伊予鉄道松山市内線とは、松山市内を走る城北線(古町〜平和通一丁目)、城南線(道後温泉〜大街道〜西堀端)、城南線連絡支線(平和通一丁目〜上一万)、本町線(本町一丁目〜本町六丁目)、大手町線(古町〜JR松山〜西堀端)、花園線(松山市駅〜南堀端)の5路線1支線からなる。
※城北線は道後鉄道として開業したので免許上は鉄道線、他線は軌道線である。
市内線には系統が1〜6(4は欠番)の5系統からなる。
1系統は緑の幕で、松山市駅から花園線を通り、南堀端電停から城南線、西堀端電停から大手町線、上一万電停から城北線、平和通一丁目電停から連絡線を経由、そのまま上一万電停から城南線、花園線を通り松山市駅に戻る環状線である。
2系統はオレンジの幕で、松山市駅から1系統と反対方向に松山市→南堀端→大街道→上一万→平和通1→古町→JR松山→西堀端→南堀端→松山市、という環状線である。
3系統は赤の幕で、松山市駅から花園線、南堀端電停から終点の道後温泉電停まで城南線を通る系統である。
5系統は青の幕で、JR松山駅前電停から大手町線、西堀端電停から城南線を経て道後温泉に至る系統である。
6系統は黒の幕で、松山市駅から花園線、南堀端から本町線を通り、本町六丁目まで至る。基本的に運転間隔は10分、6系統のみ40分間隔である。
軌間は1067mmで、花園線以外の各線はそれぞれ改軌を経験しており、城北線は762mm→1067mm、その他路線は1435mm→1067mmという経緯をたどっている。
電化方式は全線架空電車線方式の600Vである。
大手町線には延伸計画があり、JR松山駅の高架化の後、JR松山駅の下に駅を設け、そこから南江戸の国道196号線までの700mを延伸するという計画である。またこの計画は、松山空港乗り入れ計画を見据えたものされている。
また、本町線を国道196号線沿いに山越・鴨川地区への延伸をする構想も存在している。
市内線の現有車両について
モハ50形
自社発注車(51〜78)
自社発注車は51〜69はナニワ工機(現アルナ車両)、70〜78は帝國車両工業で製造された。51〜61の前期形と後期形の62〜78に分類され、以下の7形態に分類できる。
前期形
前期形は51〜55は京都市電800形の866〜880号車を設計ベースに、56以降は広電500形を設計ベースに製造された。1979年に京都市電2600形の廃車発生品を購入し、直接制御から間接非自動制御に改造され、主電動機も50kwのものに取り替えられた。
51〜53 1951年製のボギー車、製造当初の集電装置はポールであったが、1953年にビューゲル、1966年にZパンタに交換されている。また、客用扉は前後端であったが、1969年に前中扉に改められた。
54,55 1953年製でビューゲル装備で前後端扉だったが、51〜53と同様にZパンタ化、前中扉化されている。
56〜58 1954年製でビューゲル装備の前中扉仕様で、側面窓がいわゆるバス窓となっている。
59〜61 1957年製で防音防振台車、ビューゲル、バス窓を装備。前面窓の中央窓が左右に比べてやや横幅の広いものになっている。
後期形
前面窓が鉄道線600系と同デザインに変更され、軽量構造を採用している。また、製造時から間接非自動制御、Zパンタ、50kw電動機を装備している。
62〜64 1960年製、当時のバス車体で主流のモノコック構造を取り入れた軽量車体で、側面にリベットとリブがある。
また、このグループは前扉が二枚引き戸である。
65〜69 1962年製で、前扉が一枚引き戸のほかは62〜64と同構造である。
70〜78 1964年に70〜73が、1965年に74〜78が製造された。
65〜69 とほぼどうこうぞうであるが、リベット・リブが無くなった。台車はコイルバネ台車を履いていたが、保守に手が掛かるため、1974年に名古屋市電1550系の廃車発生品に交換されている。
他社からの譲受車
1001〜1003 1959年製で、元呉市電。1967年の呉市電廃止前に譲渡を受けた。車体は62〜64とほぼ同型である。
81 1963年製で、南海電鉄和歌山軌道線の321形324号車で、1971年に譲渡を受けたが、使い勝手の悪さから1987年に冷房化されることなく廃車されている。現在、他社からの譲受車はすべて引退しており、1001号車のみ呉市電仕様に復元され、呉ポートピアパークに保存されている。また、自社発注車は51〜55・57〜59・61・66・68〜78の21両が現在も活躍している。
モハ2000形 モハ2000形は元京都市電2000形であり、1964〜65年にかけて2001〜2006の6両がナニワ工機で製造され、そのうち保存車になった2001を除く2002〜2006の5両が1979年に伊予鉄道に譲渡されている。伊予鉄道譲渡にあたっては台車枠をそのままに車輪のバックゲージを1435mmから1067mmに改軌し、主電動機の交換やワンマン化などモハ50形に準じた仕様に改造を受け、1979〜80年にかけて竣工した。また、1982年に冷房化された。設計ベースが51〜61号車と同じ京都市電800形であり、また51〜61号車が間接非自動制御化されたため、実質同型車として運用されている。
モハ2100形 モハ2100形は2002年に営業運転を開始した車両で、アルナ工機(現アルナ車両)によって2002〜2005年までに毎年2両ずつ、2006・2007年に1両が導入され、2101〜2110の計10両が活躍している。
モハ5000形 モハ5000形は2017年に5001,5002の2両がアルナ車両にて製造された。今後も増備をしていく方針である。
坊っちゃん列車 2001年より復元運転を開始した車両で、ディーゼル機関車と客車1〜2両を一編成としたものが2編成在籍する。第1編成はD1形1号車+ハ1形1号車,2号車の3両編成で、第2編成はD2形14号車と+ハ31形31号車の2両編成である。第1,第2編成共に新潟鐵工所製であり、D1形は甲1形をD2形は甲5形をモデルとしている。レプリカの蒸気機関車での運行が行われていた時期もあったのだが、市街地を走るためばい煙を排出しないディーゼル方式を採用し、ドラフト音はスピーカーから、煙突からは水蒸気が出るといった工夫がなされている。客車の屋根にはトロリーコンタクターを作動させるためのダミーのビューゲルが搭載されており、トロリーコンタクター付近のみ上昇させる。また、機関車を先頭にするように機回しをする必要があるが、スペースがないため軌道モーターカーと同じ油圧ジャッキによる方向転換装置が内蔵されており、入換時にはジャッキで機関車を持ち上げ、人力で方向転換をするという手法を採っている。運用時間外では、どちらかの編成が道後温泉駅前に留置され、観光客の記念撮影場所になっており、他方の編成は古町の車両基地で留置されている。
また、伊予鉄道は郊外線や市内線だけでなくバス事業も展開しており、伊予鉄バスと伊予鉄南予バスでかなり広い範囲を運行している。伊予鉄バス・伊予鉄南予バスでは、モノコックボデーの曰野K―RL321(1980年式)の国内唯一の動態保存車や、Pー規制の初代レインボーPJ(PーRJ172BA)、ブルーリボンHT(PーHT233BA)などの全国的にも希少な車種が現存(2018年3月現在)しており、レトロなバスに乗ることができる。
このように工夫を凝らした坊っちゃん列車や、さまざまな車両を運用する伊予鉄道に1度乗りに来てはいかがだろうか。
Pー規制のバスの撮影はお早めに。