部活動

鉄道研究部

土曜日の放課後や休日を利用して、鉄道のイベント、鉄道会社の車両基地、車両工場、検車区などを取材しています。イベントで見学したこと、鉄道会社で取材したことを詳しくまとめ、学園祭で展示発表しています。
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部活動・委員会一覧
2018-03-26

普通電車に乗って四国巡り 松山〜高松

JR四国と高松琴平電気鉄道 2018年3月25日(日)

ホテル・松山駅―(予讃線)―観音寺駅―(予讃線)―多度津駅―(土讃線)―琴平駅…電鉄琴平駅―(琴平電鉄)―仏生山駅・見学―(琴平電鉄)―高松築港駅…高松駅―(予讃線・瀬戸大橋線・宇野線)―岡山駅―(山陽本線)―姫路駅―(山陽本線・東海道本線新快速)―米原駅―(東海道本線)―大垣駅―(ムーンライトながら)―豊橋駅

本日は、予讃線、土讃線の普通電車を乗り継いで、松山から琴平へ行きました。予讃線の線路や駅がよく整備されていて、単線で列車の交換などがあっても、凄くスピーディーに観音寺駅や多度津駅まで行きました。途中、石鎚山登山の下車駅となている伊予西条駅に25分程停車しました。四国鉄道文化館があり、ホームから大きなカラス窓越しに中に保存されているDF50が良く見えました。駅に隣接する鉄道歴史パーク in SAIJOでは、子どもたちを乗せて小さい汽車を走らせるイベントが開かれていました。部員たちは、25分の間に素早く走り回り、伊予西条駅を通過する8600系や鉄道歴史パークの様子を撮影しました。8600系は、2014年6月に特急「いしづち103号」と「いしづち104号」として高松 - 松山間に投入された特急電車です。JR琴平駅から少し歩いて、琴電琴平駅へ行きました。金刀比羅宮へのお客さんで賑わっていました。ことでんに乗り、仏生山駅へ行きました。仏生山駅は、琴平線と以前走っていた塩江線の分岐駅です。今は、大きな車両基地があり、仏生山駅のホームから沢山のことでん車両が撮影できます。部員たちは、懐かしい元阪神、京浜急行、京王電鉄の車両を撮影しました。仏生山駅から少し離れた引き込み線には、レトロ電車もありました。レトロ電車は、イベント以外でも、休日には運行されているそうです。
仏生山駅の車両基地を見学してから、ことでんに乗り、高松築港駅へ行きました。高松築港駅は、ことでんが高松城跡のお堀に沿って走り、高松城跡の入り口の真ん前にあります。高松築港駅から高松港を右手に眺めながらJR高松駅へ歩きました。高松駅の駅舎は、2001年に建設された4代目の駅舎で、ガラス張りの巨大な建物です。駅前の広場では、何人もがギターなどの演奏をして賑わっていました。JR高松駅は、香川県の県庁所在地である高松市の玄関口で、ことでん(高松琴平電気鉄道)の瓦町駅とともに高松市の2大ターミナル駅となっています。高松駅は、徳島・松山・高知などを結ぶ特急列車が発着する駅です。80年間、四国と本州を結ぶ鉄道連絡船「宇高連絡船」の接続駅だったので、その名残で線路が全て当駅で行き止まりになる終着駅になっています。4面9線の頭端式ホームがある地上駅で高松港に隣接します。頭端式であるため、駅周辺の道路や駅前広場からホームまで一切の段差がないバリアフリー構造となっています。部員たちは、素早く讃岐うどんを食べ、高松駅を往来する列車の撮影に励みました。
高松駅から、快速「マリンライナー」に乗って、岡山駅へ向かいました。坂出駅から巨大な本四連絡橋が見えてきました。今日は天気が良くかったので、「マリンライナー」は順調に瀬戸内海を駆け抜けました。車窓から坂出港、コスモ石油の製油所、瀬戸内海の島々と船の往来が良く見渡せました。
岡山駅で山陽本線の普通電車に乗り継ぎ、姫路駅へ出ました。姫路駅から新快速電車に乗りました。新快速223系電車は、フカフカのクロスシートで、凄いスピードで一気に米原駅まで駆け抜けました。米原駅では、隣のホームに豊橋行き快速電車が待っていて、2分の接続で出発しました。お陰で、かなり余裕を持って大垣駅に到着しました。大垣駅で買い物をして、卒業していく高校3年生部員を囲み集合写真を撮りました。夜行の臨時快速「ムーンライトながら」に乗りました。部員たちは、リクライニングシートを倒し、「ムーンライトながら」がスウッと発車すると、岐阜や名古屋の夜景を眺めながら、ゆったりと寛ぎました。

高1C組 トミー 金刀比羅宮について
「こんぴらさん」の呼び名で親しまれている、香川県仲多度郡(なかたどぐん)の金刀比羅宮。その最大の特徴は、御本宮まで続く長い長い石段です。参道入口から御本宮まで石段の数は785段(奥社まで行けばなんと1368段)。登るのはもちろん大変ですが、ここには登った人たちを皆笑顔にする何かがあります。
江戸時代の人たちの憧れ「こんぴら参り」
古くから信仰の地となっていた金刀比羅宮への「こんぴら参り」が全国に広まったのは江戸時代のこと。当時は庶民が旅をすることを禁じられていたのですが、金刀比羅宮や伊勢神宮を始めとした社寺への参拝の旅は、その限りではありませんでした。金刀比羅宮も「一生に一度はお参りしたい場所」として、多くの人々の憧れのまとでした。農業殖産、漁業航海、医薬、技芸など、さまざまな神徳を持つ神様として、現在も厚い信仰を集めています。
ちなみに「こんぴら」というちょっと変わった響きのある名前は、サンスクリット語の「クンビーラ」(ガンジス川に住むワニが神格化されたものを指す)が語源だと言われています。
スタート地点はJR琴平駅。赤い屋根の駅舎は、大正時代に建てられたレトロな欧風建築です。
駅を出るとすぐ正面に狛犬と灯籠が並んでいて、遠くには鳥居も立っています。神社はまだまだ先なのに、ここからもう、こんぴら参りの雰囲気があります。

高1D組 ニッシー 予讃線について
予讃線は、瀬戸内海と宇和海に沿って香川県高松市の高松駅から愛媛県松山市の松山駅を経て、愛媛県宇和島市の宇和島駅に至る四国旅客鉄道(JR四国)の鉄道路線(幹線)です。このほか愛媛県内の向井原駅から内子駅までと、新谷駅から伊予大洲駅までの支線を持ちます。この2つの支線は、内子駅から新谷駅までの内子線を経由してつながっており、向井原駅 - 伊予大洲駅間を結ぶ短絡ルートを形成しています。
日本国有鉄道(国鉄)時代は予讃本線と呼ばれていましたが、民営化後の1988年にJR四国は線路改称を改正し予讃線に改称しました。瀬戸大橋の開通後、本州・四国間連絡を担う区間の一部である高松駅 - 坂出駅 - 宇多津駅間には本四備讃線・宇野線とともに「瀬戸大橋線」という愛称がついています。また、2014年3月15日から伊予市駅 - 伊予大洲駅間の海回り区間に、「愛ある伊予灘線」の愛称がついています。
四国の瀬戸内海沿いを走り、香川県の西部と愛媛県を縦貫する路線です。JR四国の路線では距離が最長です。
高松駅 - 松山駅間はJRの前身である国鉄の時代から四国の重要幹線として位置づけられ、早くから一線スルー化やRC(遠隔操作)化でスピードアップに取り組んでいました。さらに1986年、向井原駅 - 伊予大洲駅間について内子経由の新線が完成し、これまで伊予灘に面した伊予長浜経由の従来線で運転されていた特急・急行列車は、内子線を含めた内子駅経由の短絡ルートに変更され所要時間が短縮されました。民営化後も高松駅から伊予市駅までの電化による電車の投入や重軌条化、未改良だった駅構内の一線スルー化、弾性分岐器化により高速化が図られ、単線区間を運転する列車の表定速度は日本でもトップレベルです。
内子駅経由の新線の開通により、従来線でしばしば起こった台風上陸などによる運転見合わせが殆どなくなりました。2005年夏に、相当な豪雨のため、並行する松山自動車道や国道56号、長浜経由の旧線と並行する国道378号が全て不通になった時もこの路線だけは不通になりませんでした。しかし依然として八幡浜駅 - 宇和島駅間は、旧線と同じくらい険しい道のりです。2006年夏に八幡浜駅 - 双岩駅間で倒木に上り特急列車の先頭車が接触し損傷してからは、旧線が運転見合わせになった場合、ほぼそれに合わせて徐行または運転見合わせをするようになりました。
近代的な線路と裏腹に、通票閉塞時代の面影を残す駅が多いです。伊予大洲駅 - 宇和島駅間の交換駅は双岩駅、伊予石城駅以外Y字ポイントで一線スルー化されておらず、特急停車駅でない駅のホーム嵩も低く当時の様子を残しています。
JR四国は2006年に国土交通省交通政策審議会・交通体系分科会の地域公共交通部会に提出した資料で、長期的に望まれる投資として伊予市駅 - 内子駅 - 宇和島駅間の電化と高縄半島の付け根を結ぶ伊予西条駅 - 松山駅間の短絡線建設をあげています。
高松駅 - 多度津駅間はIC乗車券「SHIKOKU ICOCA」の広島・岡山・香川エリア(香川地区)に含まれているキロポストは、新線経由も内子線区間も含め高松駅からの距離の表示となっています。

中2A ショータ 高松琴平電気鉄道について
今回は、高松琴平電気鉄道について話します。
高松琴平電気鉄道通称琴電は、高松築港駅から、高松琴平駅を結ぶ路線総延長は、32.9?の鉄道です。
琴電開業前には、琴平街道沿いのルートを取る計画でしたが、仏生山を経由するルートに変わりました。
1943年11月1日に讃岐電鉄、琴平電鉄、高松電気起動が、合併し高松琴平電気鉄道が走足しました。その後、様々な改良、改造、変更等をして、最近2013年12月15日に綾川駅が開業しました。
高松琴平電気鉄道には、沢山の中古列車が走っています。まずは、600形、元名古屋市営地下鉄250形、1000系2編成4両、1070系元京浜急行電鉄600形、元京浜急行電鉄1000形(初代)、元京王電鉄5000系等の昭和の名車両が走っています。
そして、高松琴平電気鉄道のマスコットキャラクターのイルカのことちゃん)が、ラッビング電車として走っています。

高1D組 ナベ 瀬戸大橋線について
瀬戸大橋線は、瀬戸大橋を通り、岡山県岡山市北区の岡山駅と香川県高松市の高松駅とを結ぶ西日本旅客鉄道(JR西日本)と四国旅客鉄道(JR四国)の鉄道路線の愛称です。当時の瀬戸大橋ブームも相俟って、指定席がグリーン車のみで即日完売となるなど人気が集中したことから、瀬戸大橋線開業当日には「マリンライナー」2号の続行で2本の臨時列車(1本はキハ181系で茶屋町駅まで)が運行されたほか、翌4月11日からもJR西日本持ちの115系・JR四国持ちの111系などを使用した臨時快速が岡山駅 - 宇多津駅・坂出駅・高松駅間(一部は岡山駅 - 茶屋町駅・児島駅間の普通を延長運転)に運行されました。当初、これらの列車は市販の全国版時刻表には掲載されておらず、沿線で配布された修正時刻表にのみ記載される列車でした。その後もバブル景気もあり、瀬戸大橋線の利用が好調であったことからスーパーサルーン「ゆめじ」編成のクモロ211形+モロ210形電動車ユニットも繁忙期を中心に増結に入るようになり、同年7月からは普通車にも指定席を設定するとともに、大型連休・お盆などの多客期の一部の列車は終日12両編成や11両編成で運用されました。さらにJR西日本の117系100番台(指定席あり)や115系3000番台などを使用した臨時「マリンライナー」や、167系や115系を使用した臨時快速が岡山駅 - 高松駅間に設定され、213系の増備落成にともなう増発が実施される1989年3月までの間、毎日運転の臨時列車として運行されました。臨時「マリンライナー」はその後も繁忙期に運行された時期があり、JR西日本の221系が使用されたこともありました。

臨時快速「ムーンライトながら」 2018年3月26日(月)

豊橋駅―(ムーンライトながら)―東京駅・解散

名古屋駅を発車したところで、車掌さんが指定券の確認に来ました。部員たちは、指定券を提示したら、そのままスウッと深い眠りにつきました。目が覚めると「後、5分で横浜駅に到着します。」と車内放送がかかりました。「ムーンライトながら」がピューっと走り、あっと言う間に品川駅に到着。部員たちが荷物を整理している間に、終点の東京駅に到着しました。東京駅で青春18きっぷを振り分けてから、解散しましました。松山から東京まで、在来線の普通電車や快速電車を乗り継いで東京まで戻って来ました。全列車が時刻表通りに動いたおかげで、無事予定通りの行程で東京へ帰れました。高校3年生部員は、いよいよ卒業、それぞれの進路へ進みます。全列車が時刻表通りに動くということは、鉄道会社の皆さんが任務を果たしているということ、お客さんのマナーが良いということです。これから先、そういうことを忘れずに、進学先でも、就職先でも活躍しましょう。