職員室

リレートーク

にちがくの教職員によるリレートーク
~学校生活、そして日常を語り繋ぎます~

2017-10-21

去る10月8日、9日と、第25回日本山岳耐久レース(長谷川恒カップ)が開催されました。今年は部員としては初めて、2年生の橋本君が出場しました。私は毎年出ていたのですが、今年は足の故障で欠場、彼の応援に回りました。

このレースは、奥多摩の山々を駆ける距離71.5km、途中の給水所は1カ所のみ(その他2カ所に自然水あり)、コース中半分以上は夜間の走行という、山岳耐久レースの名にふさわしい過酷なレースで、トレイルランの日本選手権的な位置づけの大会です。部内最速の脚を持つ橋本君も、さすがにスタート前はやや緊張の面持ちです。しかもこの日は例年にない暑さ、厳しいレースが予想されました。しかしこの悪条件をものともせず、橋本君は快走を見せ、11時間17分33秒でゴール。途中の35km地点にある三頭山で一時バテたものの、そこから見事に復活し、60km地点からの長い尾根を、すばらしいスピードに乗ってまさに激走、10代の部では2位に6時間以上の差をつけてぶっちぎりの1位でした。表彰式では、このタイムに会場がどよめいたほどです。

彼のこの活躍、他の部員にもとても刺激になったようです。「同じ部にいる仲間がこれだけの成果を上げているのだから、自分たちも!」という雰囲気を最近感じます。それも、悲壮感漂うのではなく、明るく和やかに、かつ緊張感をもっているという感じで。最近は、登山の計画のみならず日頃の練習メニューも顧問ではなく自分たちで考え、決められるようになってきました。私たち顧問の口出しもこのところめっきり減り、手持ち無沙汰になることもしばしば。人数は少ないですが、意欲的に活動している山渓部、今度の「オープンキャンパス」では、最先端の登山道具や山岳救助技術を使った部活体験の企画を予定しています。登山界で密かに評判になりはじめている本校山渓部員たちと、オープンキャンパスで楽しい時間を過ごしてみませんか? お待ちしています。

2017-10-18

プロの世界ではない学校教育現場の多くの指導者が、選手起用で悩んだことは一度や二度ではないだろう。

頑張っている部員「全員」を試合に出してあげたいと思うのは指導者の常であり、我が子の晴れ姿を見てみたいと願う親心も至極当たり前のことである。
しかし、そこには「登録」という壁があり現実として人数は限られる。

全国高校サッカー選手権を例にとれば、大会登録メンバーは20名、多くの部員を抱える学校であればあるほどメンバー選びが悩ましいことであろう。

本校サッカー部の選手選考の基本は「全部員を平等に見て、公平に選ぶ」であり、それは「かたよりや差別なく えこひいきをしない」という我々の心の表れである。

2017-10-16

先週末、本校で今年度2回目の英検が実施されました。例年日学祭の直後に筆記試験があるため、英検へむけての対策は日学祭前から少しずつ行っています。なかには「今週英検だよ」と声をかけて「あ!そうだった!!」と思い出す生徒もちらほら・・・(毎年のことですが)

3級でライティングが導入されたこともあり、中学生が作成した文を添削するのですが、初めて3級を受検する生徒は苦労していました。英文や英語の文章を書くことに慣れていないので、質問の意味は理解できてもいざ書くとなるとアイデアが思いうかばないといったこともあったようです。それでも何回か繰り返して練習していくうちにまとまった文章が書けるようになってきました。やはり繰り返しは大切ですね。

中学では例年2回目の英検では3年生で2級にチャレンジする生徒が出てくるのですが、今年度は3年生だけでなく2年生でも2級にチャレンジする生徒が出てきました。2級に出てくる語彙は中学2年生にとってはかなり難しいですがよく頑張っています。面接もありますので合格できるようにサポートしていきます。

漢検や数検もそうでしょうが、英検も1回合格すると欲が出てくるようです。個々の目標はあるでしょうが、少しでも上の級を取ろうという姿勢が見えてくる生徒もいて、それが英語の学習にもつながっています。検定試験がきっかけであっても、それが英語の学習や英語と長くつきあうことになればいいなと思っています。

2017-10-10

「そうだ、ラーメン茹でよう」皆でそういって、ラーメン屋の店長にそっくりな生徒がいるからという理由で始まったにちがく祭の企画〇〇総本店はいつの間にか揚げパン屋に変わっていました。
「そうだ、パンを揚げよう」皆でそう言ったか定かではないにちがく祭の企画は理系クラスの緻密な計算により、学園祭終了30分前に大量に抱えた在庫を売り切ることができました。

「そうだ、AOを受けよう」そう言って始まっていないことだけは確かな大学受験。「そこで(大学)あなたは何がしたいの?」という担任の執拗な質問にそれぞれの未来を語る生徒たち。にちがく祭で盛り上がる学内、机に向かい頭を抱える高3男子。面接試験に緊張し試験前日から落ち着かない生徒、AO入試への緊張感と学園祭の賑やかさを同時に味わう担任。

冗談交じりに「人生が変わる」と言い合ったり、「絶対〇〇大学に行きたい、こだわりたい」と言っていたり、朝早くから講習で勉強したり、放課後になると参考書片手に遅くまで勉強していたり。にちがく祭が終わり、受験に向けて改めて頑張り始めた理系クラスの今後にどうぞご期待下さい。

2017-10-06

コマの作り方
用意するものは(コマ1つ当たり)
●薄いベニヤ板(今回薄目のもの) 4枚
●角材直径(長さ152cm以上)5本
●木工用ボンド
●25mmの釘
●90mmのネジ
●黒と白のペンキ
●マスキングテープ

ベニヤ板で76cmの長さのコンパスを作り、軸とマジックで152cmの円を書きます。それをジグソーという曲線カットのできる器具でマジックより少し大きめにカットしていきます。ベニヤ板の企画は91×182cmの企画サイズのため、152cm以上の角材で2枚の板をつなぎます。更に、その角材から垂直に短めの角材を5本伸ばし、ネジで固定します。このことにより、コマが反らなくなります。

更に角材を台形にカットして円周に並べ、木工用ボンドで接着します。柱角材と台形角材の間で隙間がある場合は、そこにも小さな角材を木工用ボンドで固定していきます。角材は収納のことを考えて、出来るだけ薄くなるようにしました。

上部の円周に切ったベニヤ板を乗せて、釘でボンドが外れないように固定していき、裏返してその面からも釘で固定します。角材の大きさのため、釘は2.5cmを使用しました。その状態で2日以上乾燥させて、電気カンナで台形部分の頂点をカットして、滑らかな円周のマジック線に合わせて削り、紙やすりで質感を向上させました。

ここまでくれば、白面とサイドをペンキで着色し、更に半分の幅のマスキングテープを貼り、反対面とサイドを黒ペンキで塗り完成です。これを64枚作りました。

オセロボードの作り方
用意するもの
●5.5mm厚のベニヤ板128枚(オセロ盤本体用)+34枚(ガイド部分用)
●紺ペンキ
●黄ペンキ

紺1対黄2の割合でペンキを調合し、128枚を緑に塗り、34枚は黄色に着色します。緑はすべて3方向の縁に3cmのラインを入れ、黄色は32枚に長辺片側のみ3cmのラインを入れます。残りの黄色2枚は91cmにカッターで正確に裁断し、1つの角のみ3×3cmの四角い黒を入れます。あとは、黄色に1から8までと、AからHまでのガイドマークを入れて完成です。

夏休みから作り始めました。釘がまっすぐに打てない生徒もおりましたが、少しずつ慣れてきて、要領も良くなっていったように思います。私自身5年前に作ったオセロにはかなりの思い入れがありました。当時の仲間たちとの思いを、今いる生徒たちと共有したかった訳です。その理由はここではあえて掲載しませんが、先輩たちの思いも含め、私自身満足できる仕上がりであったことは、言うまでもありません。1年B組諸君。ありがとう。

2017-10-04

爽やかな秋晴れの下、本校の文化祭『にちがく祭』が開催されました。この二日間のために、生徒たちは熱い思いで、ひたむきに準備してきました。いくつもの持ち場を東奔西走しました。幕開けを待ちわびて一心に練習しました。前夜はくたくたになるまで、スタートアップのぎりぎりまで。

今年も、誰も妥協しないにちがく生でした。
朝から汗を流して資材を運び、日が落ちかかっても必死に釘を打つ高校生がいました。ときに衝突し、議論し、遅くまで演劇の練習を重ねる中学生がいました。これでは違う…と思えば、労を厭わず、また初めからでも作り直す生徒たちがあちらこちらにいました。

今年も、誰もが役割を担ったにちがく祭でした。
にわかに活気づく準備期間、あっという間の本番二日間、そして後片付けと復旧作業、手のあいていそうな生徒など一人もいませんでした。クラス、クラブ、係、委員会、発表、接客…、全員が何役もこなしました。ゴミ捨て場には、最後の最後まで後片付けをし続ける、高校3年生実行委員の姿がありました。

今年も、新しい景色を見せてくれました。
我々教員が「さて、このくらいか?」と思いかけるとき、つい口を出してしまいそうになるとき、生徒たちは思いも寄らない発想で、楽しみながら切り拓いていくのでした。その結果、「コーヒーカップ」は、暗闇にキラキラ花びらのように華麗にくるくる回り、「生地からすべて手作りのピザを」と言った高校生たちは、本当に素晴らしい味わいのそれを、お客様を待たせることなく提供しました。

今年も、男子だけで創り上げました。
女子生徒のいない日本学園では、いつの間にか「なんでもやる」ようになって巣立っていきます。模擬店の高校生たちは、当たり前のようにエプロンをつけて、包丁を握ります。「日本文化」を英語で発表した中学生は、赤と白のクロスを器用に縫い合わせ、教室のムードを一変させました。三階へ吹き抜けるエントランスでは、高校生の実行委員が一晩で作った「にちがく祭ムービー」がお客様の足をとめ、見上げた先には、男子の手によって作られたとは思えないほど美しい寒色の花々が垂れ下がり、視線を奪いました。

二日間の皆様の笑顔に生徒たちは、今年のテーマでもある『感謝』でいっぱいになったことと思います。たくさんの方にご来場頂き、心より感謝申し上げます。

2017-10-02

今年度もNGPオーストラリアStudy Abroad(SA)の担当をしています。2年目のプログラムも進行しています。今回は昨年度の実施報告と今年度の進捗状況をご紹介したいと思います。

1年目の昨年度は4名がオーストラリアのアデレードで3ヵ月間を過ごしました。写真にもあるように、地元の野球チームに参加してスポーツを通して友好を深めた生徒もいましたし、生まれて初めてのサーフィンをした生徒もいました。帰ってきてから、大学で留学したいとの言葉を聞けたことが、充実していた証だと思い嬉しく思いました。また、留学前を後のTOEICでの点数も平均で約250点伸び、(その中にはTOEICスコア855を取った生徒もいます)留学の効果は英語力にも表れています。

今年度も数名がNGPオーストラリアSAに参加しています。ちなみにNGPとは、Nihongakuen Glocal Programの略です。glocalとはglobalとlocalを組み合わせた造語です。海外での生活にのぞむにあたり「日本の文化」をしっかりと紹介できるように学び、学んだことを土台にグローバルに羽ばたいてほしいとの意図からこの造語をあてました。

さて、このプログラムでは事前学習として10月と11月に1回ずつ「日本文化を学ぶ」という講座を開かれます。社会科の教師と担当の私、そしてALTがそれぞれ日本文化についてを講義していきます。生徒が普段意識していない「日本の文化」に気づくきっかけとなるような内容になっています。その他の事前学習としては、オンライン上での英会話レッスンも受講しています。

今年度も留学中のレポートでの、現地での生活の状況を知るのが楽しみです。その際は、ホームページ内の行事ブログに報告していきますので、お楽しみにしていてください。


以下は、昨年度のレポートの一部抜粋で、現地での成長の様子がわかります。

この2週間の間にとても嬉しいことがありました。それは国語(English)の時間に子供向けの絵本を英語で400語で書けたことです。最初その課題を聞いたときは、大げさに言えば自分には関係ないという気持ちで聞いていたのですが、隣で座っていたNGPで一緒のT君が淡々と書き始めていたのを見てやらないといけないと思いました。夜遅くまで頑張って書きました。出来上がったときはとても気持ちよかったです。ホストマザーにチェックしてもらい、そのときホストマザーがとてもメッセージ性のある物語だねと言ってくれました。その後、生徒たちにプレゼンテーションをしました。その原稿も英語で自力で書きました。何よりも英語で文章を書けたことが嬉しかったです。

2017-09-29

明日から始まる日学祭において、本校の資料室(1号館2階)では特別企画展「駐米大使 斎藤博 〜国難の時代 日米親善に命を捧げた〜」が開催されます。

斎藤博(1886〜1939年)は1903(明治36)年に旧制日本中学校を卒業した本校OBです。外交官となった斎藤は1931(昭和6)年9月に起こった満州事変以降、日本とアメリカ合衆国の関係がしだいに悪くなるなか、駐米大使に任命されました。

1937(昭和12)年12月12日、日中戦争が始まって5ヵ月後、日本海軍航空隊の爆撃機が南京近くの揚子江上でアメリカの砲艦パネー号を撃沈するという事件が起こりました(日本側は誤爆と主張)。アメリカの対日世論は悪化しましたが、当時駐米大使だった斎藤博はラジオ放送で誠心誠意アメリカ国民に謝罪し、日米の衝突を避けることに尽くしました。日米関係改善に努めた斎藤はアメリカ側からも高く評価されていたようで、1939(昭和14)年2月に斎藤がワシントンで病死すると、アメリカ政府は遺骨を巡洋艦「アストリア」で丁重に日本まで送り届けています。

斎藤の死をきっかけとして両国は束の間の友好ムードに包まれたのですが、生前の斎藤の願いも空しく、1941(昭和16)年12月8日の真珠湾攻撃によって、日本はアメリカ・イギリスなど世界の国々とアジア太平洋で戦うことになります。

阿川弘之の小説『軍艦長門の生涯』(新潮社、1975年)の中で、斎藤は山本五十六(太平洋戦争時の連合艦隊司令長官)の同郷(新潟県長岡市)の旧友として登場します。この小説にはパネー号事件のことが出てくるので、私も斎藤の名前は知っていましたが、今回の特別企画展を通じてより詳しく知ることができました。昭和初期に首相をつとめた若槻礼次郎の著作『明治・大正・昭和政界秘史〜古風庵回顧録〜』(講談社、1983年)を読むと、1930(昭和5)年ロンドン海軍軍縮会議における若槻全権の通訳として斎藤の名が出てきます。若槻が語るところによれば、斎藤は重要な首脳会談に立ち会い、単に通訳をつとめるだけではなく、外交官として若槻に適切なアドバイスをしていたことが分かります。

21世紀になっても戦争のない世界はまだ実現していません。この特別企画展をご覧いただいて、国際平和のために外交官人生を捧げた本校の卒業生に思いを馳せていただければ幸いです。

2017-09-27

今年も日学祭が近づいてきました。目の回るような忙しさですが、とても充実しています。
今年は「感謝」をテーマに、様々な企画を用意してきました。保護者の方、OB、一般の方、そして地域の方に、ぜひにちがくの男祭を楽しんでいただけたらと思っています。

実は私にとって、今年の日学祭は、少し特別です。
私が日学祭担当になった二年前、実行委員として、また、生徒会として頼もしい働きをしてくれた一年生が何名もいました。
お互い日学祭担当一年目、という(一方的な)連帯感もあり、彼らと共に苦労しながら日学祭を作り上げたときには、すっかりこの行事の魅力にはまってしまったのです。
昨年、彼らは二年生。学校の中心となる学年でした。実行委員会と生徒会の中枢メンバーとして、本当によく働いていましたし、彼らなりに、プライドと責任感をもってやっている姿はとても素敵でした。

そして今年、彼らは三年生。高校生活最後の日学祭を迎えます。
彼らも私も日学祭一年生だったころ、三年生のメンバーは経験豊富で、何を聞いても答えてくれ、何を頼んでもこなしてくれる、とても頼もしい人たちでした。
今、彼らがそんな存在になっていることを頼もしく、誇らしく思います。
自分たちがやるんだ、自分たちが作り上げるんだ、という意識をもってくれていることが後輩にもいい影響を与え、今年の委員長をはじめとする二年生・一年生にも、今後が楽しみなメンバーが揃っています。
日学祭を成功させるという共通の目標に向かって、共に進み、三年目を迎えた生徒たち。どうか、彼らの最後の日学祭が、ひたすらに楽しいものでありますように。
そんな気持ちがあるので、今年は少し特別なのです。

でも、日学祭担当でいる限り、きっとどの年も特別になっていくのでしょう。
実行委員だけでなく、全校生徒、教職員、OB、保護者の方も一緒に作り上げていく日学祭には、思い入れがどんどん増していきます。
ご来場いただく皆様にも、そんな楽しい気持ちが伝わるような日学祭にしたいと思います。
どうぞ、2日間、目いっぱい楽しんでください。楽しい企画目白押しで、皆様のご来場をお待ちしています。

2017-09-25

皆さんこんにちは。今年度の4月から日本学園に来ました須山です。何を隠そう、私は今からちょうど10年前に本校を卒業した卒業生なのです! 久々に訪れた母校はというと、懐かしく。当時のことがまるで昨日のことのように……あ〜、ぼやぼやしていて鮮明には思い出せないです(笑)。

まぁ、それは置いておいて、私は日本学園で過ごしたからこそ、自分の素が出せたり、自分のやりたかったことを全力でやれたのかなと思います。今現在本校で学んでいる生徒たちにも、自分たちなりの日本学園の魅力を見つけてほしいなと思います。


さてさて、前置きが長くなりましたが、ついに!…いや、いよいよ文化祭…ではなく、
『日学祭』


やってきました!!


9/30(土)&10/1(日)に開催されます!
自分のときはどうだったかな、と思い出すとですね、ん〜……、模擬店で揚げパンやらチョコバナナやらたこ焼きやら…とにかくひたすら作って販売していました(笑)。
ひたすらってことは…まさか……そう! 日学祭3年間、1度も校内を回ったことがありません!!

これは人それぞれだと思いますが、単純に私はクラスメイトとの協働作業、つまりは食べ物を作りそれを売ることが楽しかったからなのです(笑)。もちろん、いろいろ回って楽しむ人もいます(むしろこっちの方が多いかと…)。

要は、自分で楽しみ方を見つけるってこと!
文化祭に限らず、他の事でもそうですよね。楽しまなくては損ですから♪

皆さん是非! 日本学園の文化祭を楽しんで、そして盛り上げていきましょう!