職員室

リレートーク

にちがくの教職員によるリレートーク
~学校生活、そして日常を語り繋ぎます~

2017-03-29

ご卒業おめでとうございます。

一つの考え方ですが「卒業式」とは、これまで育んでくれたご両親への感謝とこれからの決意を表す式かと思います。君たちの後方から、晴れがましい我が子を眩しい眼差しで見つめるご両親へ向けて、感謝の気持ちとこれからの決意をこめた真心からの振る舞い、堂々とした立ち振る舞いをプレゼントしてあげて下さい。春秋に富む君たちの未来に幸あれ!

2017-03-28

無事こうして卒業式を迎えた今、何を想い、何を考え、何を感じていますか。

一生懸命に部活動を励んだ者、勉強をがんばった者、日学祭に命をかけた者、進級や卒業が危ぶまれた者など、それは本当に様々な高校生活を送ってきたことでしょう。

何かにつまずいたり、失敗してしまったと後悔している人もいるかもしれませんね。しかし、それって、本当につまずきや失敗だったのかな? どれが正解だったのか、今はまだ誰にもわかりませんし、誰にも決められないことです。それを決めるのは、これからの君たち自身。

高校生活で、何か後悔を残してしまった人・・・。そんなものは、これから幾らでも取り戻せます。だって、これからの人生の方が何倍も長く濃いものになるのだから。

自分で自分の可能性を潰すようなことだけはせず、何事も精一杯やってみる! 失敗なんか恐れちゃいけない。そして、他者を思いやり、感謝を忘れず、ステキな成人になってください。

2017-03-27

日本学園に通った3年間を振り返ってみて・・・どうでしょう?

『楽しかったこと・よかったこと』と『つまらなかったこと・悪かったこと』を比べると、どちらが多いでしょう?

ただ、どちらが多いにせよ、この3年間の出来事はすべて『良い思い出』であり『貴重な経験』になっています。近い将来、そのことに気付くと思います。そして、日本学園が懐かしくなり、先生方の顔が見たくなることでしょう。その時は、遠慮なく日本学園に戻ってきて下さい。先生方は笑顔で迎えてくれるはずです。卒業してからのことを、たくさんたくさん聞かせて下さい。皆さんの成長した姿を見るのも、先生方の楽しみの一つなのです。

2017-03-24

卒業式が終わり、大部分の生徒の進路が決まって、高校3年職員室にもほっとした雰囲気が広がっています。次年度に向けた準備と共に、私たち教員の気持ちも少しずつ切り替わっていきます。

3月11日に卒業していった生徒達は、近年になく少人数の学年でした。そのことがどのように彼らの学校生活に影響し、彼らがどう乗り越えていったか、福良峠君の答辞の言葉や謝恩会での学年全員による歌の披露などによく表れていたと思います。

私がこの学年を担当したのは、高校3年の1年間だけですが、彼らは、初めの授業から人懐こく、学年全体としてまとまりのある生徒達でした。それは少人数であったために、行事などクラスの枠を超えて生徒達の交流があったこと。日常的な接触が多いのでコースが違っても、何の抵抗もなくお互いの関係をつくることができたことなど、例年の3年生と違った今年の特徴といえるでしょう。むしろ、そうやって他クラスの生徒と交流することで自分自身の居場所を確保し、心のバランスを保つことができた学年だったのだと思います。

さて、いよいよ彼らの多くは4月から大学生です。大学生になればもう何の心配もない、と思ってしまいがちですが、むしろ、彼らの本当の悩みはこれから始まるのではないでしょうか。勉強と部活動だけに集中していれば良かった時代は終わり、社会で生きていくための様々な試練が彼らを待ち受けています。世の中の不条理に泣く事もあるでしょう。立ち上がれないくらい苦しんで、それでも何とか自分の力で立ち上がって欲しい。その時見えた風景ほど、人生において尊いものはないのだから。


「さくら」 作詞・作曲 森山 直太朗
僕らはきっと待ってる 君とまた会える日々を
さくら並木の道の上で 手を振り叫ぶよ
どんなに苦しい時も 君は笑っているから
挫けそうになりかけても 頑張れる気がしたよ

霞ゆく景色の中に あの日の唄が聴こえる

さくら さくら 今、咲き誇る
刹那に散りゆく運命と知って
さらば友よ 旅立ちの刻 変わらないその想いを 今

2017-03-21

卒業おめでとう。進路は様々だと思いますが、この先の人生は自由と責任がますます増えるということは、皆同じだと思います。どうか社会の一員として、責任を果たす大人になってください。また、与えられた自由を最大限利用し、自分を高めていってください。人は、一生向上できます。それこそ、永遠に向上し続けることもできるでしょう。また、一日一日を大切に、その時を精一杯生きて下さい。将来が不安になることもあるかもしれませんが、そんな時は今日という日を全力で生きることに、集中するといいでしょう。君たちの人生が、幸せと充実感に満ちたものになりますように。

最後に、いつか朝テストに載っていた名言を君たちにも送ります。私もこの言葉に影響を受けました。
「明日死ぬつもりで生きよ。不老不死のつもりで学べ。」

2017-03-18

堀越先生(高3担任・英語科・トライアスロン部・為替株式学習部)

皆さん、卒業おめでとうございます!
私は学年通信でずっとこの言葉を繰り返しお伝えしてきました。毎日の小さな積み重ねが必ず自分に大きな変化をもたらすということを信じています。

1月の入試直前注意では、入試科目として記載はないが最も重要な科目「健康管理」があると伝えました。皆さんの中には、急病のため最後の受験できなかった人もいます。怪我をして最後の甲子園予選大会に出場できなかった人もいます。怪我や突然の病気は仕方ないことかもしれませんが、そんな「自分の力だけではどうすることもできないこと」がこれからも起きることがあります。それは否応なしに受け入れざるを得ず、皆さんにとって大切なのは「その状況をどう乗り越えていくか」ということです。それにはまず第一に健康で生きていることが重要です。男らしい強い心と身体を持って下さい。

125回卒業生は私にとって2つの大きな特徴がありました。1つ目は中学高校の6年間成長する姿を応援できた生徒がいることです。いわゆる6年一貫内進生ですが、小学校卒業したばかりの小さい子供が、今やがっちりとした大人になりました。課題として苦しんだ人もいる「日課ノート」から毎日積み重ねることの大切さを学び、学力の基礎を身につけたと思います。進路の面でも特に内進生が結果を出してくれていると誇りに思います。本当に嬉しいです。ありがとう!

2つ目は3年間で学年全員の生徒に英語を教えることができたということです。大抵学年が200名くらいだと一部の生徒の授業を持つことができなかったりします。教員という仕事は各教科が専門ですが、授業を通して、教科を通して生き方を教えるものだと私は考えています。私の人生観、物事の考え方が正しいかどうかわかりませんが、一つのヒントとして皆さんと共有できたことは同様に嬉しいことです。ありがとう!

皆さんは今回の大学受験を通して、一つの試練を乗り越え高校を卒業します。実は受験なんて私は簡単なものだと考えています。「だって、答えがあるんだもの!」もっと難しいのは「正解のないこと」が世の中には意外とたくさんあるということです。将来どうなるかわかりません。わからないからこそ、自分で何か理想を立てて、そこに向かって毎日少しずつ努力をして、やがて大きく変わっていくのです。少しずつ自分を変えて、そして蝶のように羽ばたいて下さい。

卒業おめでとうございます。これからのご活躍を心から期待しております。

*写真は黒板にクラスの生徒が書いてくれたありがたい言葉です。

2017-03-17

英語の教員であり軽音楽部の顧問でもある私が、最近はまっていることといえば、英語の歌詞を日本語に訳すことです。ここで「訳す」というのは、「an apple = りんご」のような一対一の逐語訳ではありません。それでは作詞者の意図しているものが伝わりません。その言葉をどのような意図で使っているかを理解しなければいけません。さらに言うと、作者の背景・作詞時の情況なども理解しなければいけないでしょう。
そしてこれらを十分に理解した上で翻訳をしていく必要があります。

私自身は、大学で文学を専攻したわけではないので、本当に歌詞を理解し鑑賞するための手法が不十分かもしれません。洋楽の歌詞翻訳サイトを読むと、英文学だけではなくさまざまな国の文学に通じている・・・例えばある言葉を説明するのに、複数の作品の中から具体例を挙げて説明できる・・・人もいます。したがって、そのような人の解説を読むと本当にためなりますし、もやもやとしたものが消えていくような感じすらします。

ところで、CDなどについている歌詞カードの訳は、読んでもいまひとつ意味が分からないことがあります(個人的な見解です)。それは訳し方を間違えている場合もありますし、表面的な意味だけで訳をつないでいるように思えるようなものもあります。歌詞の誤訳の例でいうと、有名なのは the Beatles の『ノルウェーの森』や『愛こそはすべて』とか。

そういえば、約20年前に王様と言うミュージシャンが、有名なロックの歌詞を「直訳」して歌っていました。
彼の場合は、歌うことまで考えて訳していました。そのため歌詞のポイントを上手くつかんで、メロディーに合うように日本語を選んでいかなければいけません。つまり、英語と日本語の両方に通じていなければいけないということです。「直訳」の具体例は、著作権のことを考え挙げるのをやめておきますが、機会があれば「王様 直訳」などで検索してください。まあ、彼のレベルには行かなくても、自分なりに歌えるように訳してみたいですね。ただ、出来上がったものを披露するかどうかは秘密です。というのも、人前で歌うこと自体が恥ずかしいので・・・また、ギターを弾きながら歌うのは簡単なことだとは思えないので・・・今のところ、 the Beatles や David Bowie などから訳しています。

そんな私が顧問をしている軽音楽部が、今年も卒業ライブを以下のように行います。おそらくもうすぐ「部活動」の方でも、出演バンドの紹介が始まると思います。そちらの方もご覧いただき、ぜひとも多くの方に来ていただければと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

軽音楽部 卒業ライブ SAYONA LIVE NICHIGAKU
日時: 2017年3月30日(木) 開場14:15 開演14:30
場所: 下北沢MOSAiC http://mu-seum.co.jp/access.html
入場は無料ですが、ドリンク代500円が必要になります。

画像は、昨年度の軽音楽部卒業ライブから。写っている彼らは今年卒業です。

2017-03-15

生徒諸君、卒業おめでとう。卒業式後の「卒業を祝う会」で皆さんは全員で「3月9日」を歌いましたが、練習する機会が無かったにもかかわらず、大きな声を出して見事なハーモニーを奏でながら歌っていました。学年全員がクラスの別を越えて心が一つになった瞬間でした。その後、我々学年教員団はお返しに「さくら」(森山直太朗)を歌い、私が電子ピアノで伴奏しましたが、忘れがたい思い出となりました。

皆さんはこの3年間で大きく成長したと思います。毎日の授業、学校行事、クラブ活動などで得たものは大きかったでしょう。特に3年生になってからは受験があり、みなさんは社会や自分自身の現実と直面しながら、進路目標の実現に向けて戦っていたと思います。初めて会った時に比べると、皆さんは子供らしさを残した「少年」の顔から、まぎれもなく「青年」の顔へと変貌を遂げました。皆さんはもう我々教員の手を離れることになりますが、何か相談したいことがあったら、いつでも訪ねに来て下さい。

私はこの3年間、教務主任として学年集会で、また沖縄修学旅行の事前学習会や主権者教育で、学年の生徒全員に自分の考えを話す機会にしばしば恵まれました。全クラスが一堂に会している場で講義するということはなかなか無いことなので、私にとっては貴重な経験となりました。

最後の学年通信にも書きましたが、人は学ぶことで新しい知識を獲得し、自分の人生の可能性を広げてゆくことができます。しかしながら、他者への共感を伴わない知識は、かえって自分や他人を傷つけることもあります。常に他人の気持ちを思いやる想像力を備えた人間になってほしいと思います。

高校を卒業してからも、皆さんの人生はまだまだ続きます。高校時代の思い出を懐かしむのは良いことですが、皆さんは未来のある人間なので、あまり過去を振り返ることなく、目標に向かって進んでほしいと願っています。

2017-03-14

卒業おめでとう。

あっという間に3年がたちました。3年間同じ学年で生活を共にすることができたのは君たちが初めてです。

100人ほどでスタートしたこの学年。他の学年と比べるとこぢんまりとしていましたが、その分、一人ひとりのことがよくわかる学年でした。

卒業というと何を思い浮かべますか?「旅立ち」とか「別れ」が多いですかね。もう一つ覚えていてほしいのが、「帰る場所が一つ増える」ということ。これから、それぞれが決めた進路に向かって進んでいくわけですが、やはり困難に直面することもあると思います。悩んだり、困ったりしたときに、ふと立ち寄ることができる。それが学校の役割だとも思っています。何年、何十年たっても我々は君たちの先生です。いつでも学校に顔を出してください。

では、また会う日まで。

2017-03-13

みんな勉強や部活などに一所懸命で、この三年間があっという間に過ぎてしまったことと思います。この日本学園で、真剣に何かに取り組み、壁にぶつかって悩み、互いに励まし合い、共に喜び合うなどの様々な経験が、この先必ず力となります。自信を持って次の新しい世界に踏み出してもらいたいと思います。

今までは周囲の大人が注意や助言をしてくれましたが、これからは自分の足で歩いていかなければなりません。解放感があり、伸び伸びできると思うでしょうが、自由の広がりに比例して責任も重くなるということを忘れてはなりません。周囲に流されることなく、注意深く考えて行動することが必要です。

また、今後は自分のために勉強をし、やがて仕事をすることになります。それはそれでとても大事なことですが、それと同時に世の中に役立つ人間であるべきだと思います。先人の恩恵を受けて私達は生きており、互いに社会の一部を担い合っています。それはとても小さく見えることもありますが、でも、どれも欠けてはならない大切な一部です。今までたくさんのことを受けてきたのですから、今度は社会に還元するというのは当然のことです。特別に何かをするように言っているわけではなく、社会の一翼を担っている存在であるという自覚を忘れないでほしいと思います。